与太ガラス

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「スグル、芽吹きメーターって知ってるか?」

 昼休みにヤスが声をかけてきた。

「芽吹きメーター? 何それ?」

「スマホのアプリなんだけど、自分の才能がどれくらい芽吹いているかわかるアプリなんだよ」

「あやしいなぁ、どうせいろんな質問に「はい・いいえ」で答えていくやつだろ? 占いと同じじゃないか」

「それが違うんだよ。自分で見たい才能を入力して、スマホを持ち歩いているだけで、才能の芽吹きが数値化されるんだ」

「え、もっと気持ち悪いんだけど。なんで持ち歩くだけでわかるの?」

「その人の行動の記録? が蓄積されるんだって」

「めちゃくちゃ個人情報使われてるじゃねーか」

「今の時代、そんなこと気にしてたら何もできねーよ。みんなやってるし、無料アプリだから。まあ、それこそ話題の性格診断だと思って入れてみなよ」

 スグルは不審に思いながらも、自分の才能がわかるならと少し興味を抱いた。検索するとすぐに出てきた。「芽吹きメーター」星は4.5。無料でアプリ内課金とある。

「もしかして、才能を入力するたびに金取られるとか?」

「違う違う、自分で入力する分には一切お金はかからないよ。自分が興味持ってるものとか、趣味にしたいものとか、もちろんお前がやってる野球とかさ。どんどん入れて才能を確かめてみなよ。練習するたびにメーターが上がってくかもよ」

 メーターが上がっていく、か。リアルなパワプロ? みたいだな。

「でもこれ、アプリ内課金って」

「そう、そこがこのアプリの憎いところ」

 ヤスは身を乗り出して顔を近づけた。なんかマウント取られてる感じ、ムカつくわー。

「自分では気づいていない才能ってあるはずじゃん。だけどこれだと自分で入力した才能しか目に見えない。そこで、このアプリで課金すると、自分の芽吹きメーターが既に20以上ある才能を紹介してくれるんだよ!」

 なんだって?

「分析システムが眉唾な上に、そんなところで金を取るのか」

「ま、信じるか信じないかはお前次第だ。ホント面白い商売考えるよな」

「ちょっと待て。ちなみにお前は課金したのか?」

 俺の言葉にヤスはニヤリと笑った。

「ああ、したよ」

 なるほど。だからこんなに饒舌なんだな。自分の失敗をみんなにも味わわせたいってことか。

「課金して出てきたお前の才能、なんなんだよ」

 ヤスの顔がさらに笑みを増す。

「セールストークの才能。まだメーター数値は35だけどな」

 ……その言葉の絶妙な信憑性に俺の心は陥落した。


 芽吹きメーターのアプリをダウンロードして起動する。白地の背景の真ん中がモコっと盛り上がって、緑の芽がぴょこっと顔を出すアニメーションが流れる。それがホワイトアウトするとアプリ画面が表示された。

 【あなたが知りたい才能を入力してね!】の部分が薄い文字で書いてあって下線が引いてある。タップすると文字入力ができるようになっているのだ。その後に【__の才能】とあるから、どこまで書けばいいかもわかりやすい。

 試しに【野球】と書いて確定を押した。すると薄い緑の棒グラフが横に伸びて濃い緑がその左端にちょこっと色付けされた。棒グラフの右端には「5」と出ている。つまりこれは……。俺の野球の才能が5ということか。

 小学校から始めて高2まで7年間続けたスポーツが5って。

「ばかばかしい」

 俺はスマホを投げ出してベッドに仰向けに倒れ込んだ。こんなアプリに人生左右されるわけにはいかない。勝手に才能がないことにすんな。

(練習するたびにメーターが上がっていくかもよ?)

 ヤスの言葉が頭に浮かんだ。メーターを上げていく、成長が見えるってことか。ちょっと待てよ、これ最高は100か? 俺は急いで説明文を探した。見るとこう書かれていた。

【芽吹きメーターは100がお金を稼げる目安だよ。でもあなたの努力次第で、メーター振り切ってどこまでも才能の枝が伸びていくかも!?】

 妙に現実的な設定値だな。お金を稼げる……伸ばしていけば職業になるってことか。しかも天井知らずで才能が伸びるっていうのは面白いな。

 どうせ無料アプリだ。使い倒してやろう。俺は手当たり次第いろんな才能を入れてみることにした。

 音楽4、スポーツ3、絵1、科学3、数学2、文学3・・・。

「いや通知表かよ!」

 俺は思わず叫んだ。二桁の数値がひとつも出ない。俺には才能の芽もないのか。これじゃ虚しくなるだけだ。アプリに馬鹿にされてちゃ仕方ない。

 ピコピコ。

 ん? アプリの方からメッセージが来た。

【ヒント:入力する言葉が広すぎると芽吹きメーターの値は小さく表示されるよ。物事はいろんな才能が組み合わさって発揮されるものだからね!】

 俺は脇から汗がじんわりと出てくるのを感じた。行動が見られているような気持ち悪さがある。賢いAIが入ってるってことか……。

 言われるままにやるのも癪だけど、俺は続けて才能の種を入力していった。それならパワプロの要領で考えればいい。

 パワー11、スピード14、肩の強さ9、野球の守備力7……。

 少し具体的にしたらちょっと上がったぞ。守備力はまだアバウトすぎるのか。だったら、

 捕手3、外野手11、内野手8、投手2……。

 まあ、そんなもんか。外野手で二桁が出ただけでもちょっと嬉しい。でもこれ、自分で考えて才能をヒットさせるのって相当難しいぞ。

 ピコピコ。

 またアプリからメッセージが届いた。

【課金をしたら、芽吹きメーター20以上のあなたの才能を解放することができるよ!】

 タイミングが良すぎるだろ。怖いんだよこのAI。いや、なんでもAIの性能で片付けてしまっている俺の感覚も怖いな。本当にAIか? ただの喪黒福造系のアプリなんじゃないのか? いやその感覚もおかしいって。高2で喪黒福造を連想するなよ。違う違う。

 頭が混乱しすぎてメタに走ってしまった。落ち着け。そもそもこの芽吹きメーターの信憑性すら怪しいんだ。こんなもんに課金するなんて……。

【芽吹き解放1 +110円】

 たった110円で俺の隠れた才能がわかる。たとえデマでも110円なら冗談で済む。ギャンブルにハマるわけじゃない。110円で人生が変わるかもしれないんだ。

 自分に言い聞かせて、俺はアプリの課金ボタンをタップした。

 【芽吹き解放!】の文字とともに黄色い光が画面中央に集まるエフェクトがかかる。光の中から土がモコっと盛り上がり、ぴょこっと芽が出る演出が映った。そこに表示された才能は……

【球拾い……60】

 っざっけんな!!

3/2/2025, 12:57:45 AM