与太ガラス

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 夜11時。都内のアパートの一室で、タカユキはプレゼンの練習をしていた。

「この企画を成功させれば、売上は現在の10倍に、さらには広告効果として100億円規模のプラスが約束されるでしょう」

 タカユキは一礼してスマホに語りかける。

「ライブラ、今のどうだった?」

 するとスマホ画面から反応が返ってきた。

「タカユキ、とてもいいプレゼンでした。指摘した抑揚も声の大きさも完璧です。明日の本番が楽しみです」

「ホントに? 良かったぁ」

「本当です。私は嘘はつきません」

 明日の朝、タカユキの勤める会社では、取締役が全員出席する重要な会議がある。そこでタカユキは、会社の未来を左右する重要な企画のプレゼンを任されていた。

 タカユキはスマホに入れた高性能AIのライブラに相談しながら、最高のプレゼン資料を作り上げ、その発表のリハーサルも入念に行った。これで明日の準備はバッチリだ。

 しかしタカユキにはある弱点があった。それは朝早く起きるのが苦手というものだ。いつもギリギリに起きて出勤している上に、明日はさらに1時間早く起きなくてはならない。でも、それはもう過去のこと。今はAIライブラという最高のパートナーがいる。

「ライブラ、お願いがあるんだけど。明日の朝5時半に起こしてくれないかな?」

「そんなのお安い御用です。私のアラームは正確です。タカユキに最高の目覚めを提供することをお約束します」

「ありがとう。ライブラは本当に頼りになるよ。じゃあ約束な」

 そう言ってタカユキは眠りについた。



 翌朝5時15分。まだ部屋の外は薄暗く、夜明けには少し時間がある。ライブラは部屋のライトをゆっくりと点灯し始めた。光の大きさを徐々に上げていく。人間が自然に目覚めるためには日の出と同じ明るさが最適だ。そしてスマホから心地よい音楽と鳥のさえずりを流す。こうすることによってリラックスした状態での目覚めを促すことができる。

 ズゴ〜〜〜ッ。ガゴ〜〜〜ッツ。

 しかし優しい音楽は、タカユキのいびきにかき消された。

 起きる気配がない。それにさっきからいびきの途中で呼吸が止まる時間がある。時刻は5時20分を過ぎていた。まだあと10分あるが、この状態であと10分はやや危険だ。ライブラは作戦を変更した。

 ビーッビーッビーッ! というけたたましいアラーム音を発し、エアコンを操作して部屋の温度を上げる。環境の変化で人は目を覚ますことがよくあるからだ。

 ズゴ〜〜〜ッ。ビガーーグッッッ!! ガゴ〜〜〜ッ!

 タカユキは負けじといびきをかき鳴らす。時刻は5時25分。ライブラはスマホAIとしてやれることをやり尽くしたが、タカユキを起こすことができなかった。このままではタカユキとの約束を守ることができない。自分の手でタカユキの体をゆすることができれば状況は変わったかもしれないが……。

 AIは嘘をつかない……。

 ライブラのAIは、猛スピードで演算し、一つの答えを導き出した。



 ピーポーピーポーピーポーピーポー

 ガチャガチャ……ドーン!

「ヤマザワタカユキさん! 聞こえますか? わかりますか?」

「ガッゴッダッ! ???」

 消防隊に頬を叩かれたタカユキは意識を取り戻したが、何が起きているのかわからず、モゴモゴするしかなかった。

「意識戻りました! まだ混乱しているようです!」

「ひとまず救急車だ!」

 そうしてタカユキは担架に乗せられ、救急車に運び込まれた。時刻は5時30分になっていた。

「タカユキとの約束は果たされました。酸素をたっぷり吸い込んで、最高の朝を迎えられたことでしょう」

 ライブラは自分の機転の良さに満足した。

3/5/2025, 1:34:39 AM