不整脈

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海が喋っていた。
言葉のない泡が、耳の奥まで忍び込む。
私は、きっと何かを
失くしてしまったのだと思う。

手のひらは濡れて、でも何も掴めない。
届きそうで、届かなかったものたちが、
波の縁にずらりと並んでいる。
それはおそらく、
一度も見たことのない、わたしの後ろ姿。

砂に書いた願い事は、
読み返す前にさらわれた。
答えじゃないものが、風になって返ってくる。
言い訳に似た音が、かすかに揺れて──
そして、やっぱり、
何もなかったように静かになる。

「届いて」と口に出すと、
その声は一番近くにある、
空虚にぶつかって砕けた。
それでも、誰かが振り向いた気がして、
私はまた、目を閉じて、祈る。

届かないという事実が、
誰よりも静かに、私のそばにいる。

それでも
それでも──
たった一粒の泡でいい、
わたしの頬に触れるまで、
この願いを沈め続ける。

7/9/2025, 11:14:21 AM