その瞬間、全てを思い出した。小さなテーブルのみが置かれた空間。自分がそれを認識したのは十数年も前だった。最初こそ、空間の存在すらあやふやだったが、今や丸テーブルを叩くと音が出る。感触が戻ってくる。
「お前の瞳が青だって、最近気づいたんだ。僕の好きな色だよ」
「そうかい。一体キミは今まで私のどこを見ていたんだ?私の瞳は出会ったときから澄んだ海の色をしていただろう」
「僕、女の人はもっとお淑やかな方が好みだよ」
彼女の存在自体は、空間より先にあった。一番最初に見た映像は、意識の中で黒いモヤがただ揺れ、何かを訴えているだけだった。話し掛けても反応を返すだけで言葉は話さない。そこから日に日に声を出すようになり、人型をとるようになり、つい最近には黒髪と青い瞳の少女なのだとわかった。
彼女は実の姉と似て、高飛車な態度ばかり取る。
「この部屋の色も分かればいいのに。僕、未だにこの部屋が黒いのか白いのかわからないんだよ」
「そんな下らないことよりも、気にすべきことがある。キミが目覚めるまでの時間は有限なんだ。しかも最近は夜ふかしばかりして、ろくにスイミンジカンを取れていないだろう」
「ああもう!それはお母さんに散々言われたから聞きたくない!……それで、気にすべきことって何」
「キミが生きた中で必要だったのはテーブルだけか?もっと娯楽を増やしたらどうだ。ゲームとか、海とか、学校とか」
彼女は指折り数える。
「そんなコト出来るの?」
「出来るさ」
彼女の行動は良くも悪くも自分の想像の範疇を越えない。出来ると言っておきながら、やり方は示さないのがまさにそうだ。さっき上げた娯楽の例だって、自分が最近体験したものばかりだった。
「そもそも、学校は娯楽じゃ、」
「ねぇぇええ!!今、何時だと思っているのよ!?」
母親の怒声に飛び起きて壁にかかった時計を見る。家を出る予定時刻5分前だった。なんだ、まだ余裕じゃないか。
何か夢を見ていた気がするが、それが何だったか思い出せず、モヤモヤとした喪失感を覚えながら制服に着替えた。
8/4/2023, 2:09:28 AM