『同じ空の下』
見上げた空は青かった。わずかな雲の輪郭が滲んでぼやける。憎らしいくらいの快晴だった。
「これでよかった。これでよかったんだ。」
呟いた声は情けないくらいに震えていて、視線を落とせば両の拳は無意識にシーツを握りしめていた。ゆっくりと目を閉じれば、骨張った右の手の甲に、生温い水滴が一滴落ちる。彼女は行ってしまった。きっともう戻っては来ないだろう。それでいい。それが彼女のためだと思った。このまま先の見えない闘病生活に付き合わせるよりは……一時彼女を傷付けてでも、僕から解放してあげたほうがいい。
去り際の、彼女の表情を思い出す。震える指先を振り払った、その時の傷ついた表情を、僕は一生忘れることができないだろう。
「……幸せになれよ。」
彼女が去っていった病室のドアを見つめながら、未練がましく呟いた。かわいくて優しくて、気遣いのできる彼女は、僕には勿体無いひとだった。もう君を縛る重荷は何もない。どうか僕のいない場所で、自由に生きて、幸せになってほしい。それさえ叶えば、僕はもう何もいらないから。
君から貰ったたくさんの優しさ、想い出、笑顔。胸の奥に大事にしまって、時折そっと取り出して、思い出しては頑張るよ。
病室の窓から見上げる、同じ空の下、それでも僕のいない場所で、君は生きている。君にはもう、返せないほどたくさんのものを貰ったから。同じ空を共有している、そんないちばん薄い繋がりでさえ、僕には十分すぎるくらいだ。
ありがとう、僕のいちばん大切なひと。どうか君が、世界で一番幸せになりますように。
7/17/2023, 7:02:22 AM