おさしみ泥棒

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「おい深山、大丈夫か」

 俺はローテーブルに突っ伏している深山の傍にしゃがみ込み、軽く肩をたたいた。返事はなく、深山は顔を伏せたまま動かない。
 俺は小さく息をついて、買ってきた薬の箱とミネラルウォーターをテーブルに置いて「これ買ってきたから」と言った。すると深山はようやく、のそりと顔を上げた。それからだるそうにこめかみを押さえながら、かすれた声で「あけて」と言う。

「え?」
「フタ」

 早くしろという目で睨まれる。召使いじゃねえんだぞとでも言いたくなるが、仕方ない。俺はペットボトルを手にとって、フタを開けてやってから手渡した。
 深山はお礼も言わずにそれを受け取ると、手のひらに出した2錠の錠剤を口に含み、水で流し込んだ。そのあいだ、俺は波打つ喉仏をなんとなく眺めていた。
 半分くらいまで飲むと、深山は無言で俺にペットボトルを差し出した。「もういらないからフタ締めろ」の意だろう。はいはい、と心の中で肩を竦めながらフタを締める。
「水、冷蔵庫いれとく?」と訊けば、深山は力なく首を横に振った。「ここに置きっぱでいい」と言うので、俺は言われたとおりにペットボトルをテーブルに置いた。

 深山とは大学で知り合った。授業が被ってなんとなく喋るようになったところから、今はちょくちょく互いの家に行き来するくらいの仲までになった。
 深山と付き合う中で知ったのは、こいつは片頭痛持ちだということだ。雨の日は決まってだるそうにしているし、顔色が悪い。ご機嫌もナナメである。
 ひどいときは、大学やバイトを休むこともある。そしてそういう場合はたいてい、俺に雑な呼び出しがかかる。ちなみに今日は『頭痛薬切らしたから買ってきて。あと水』というメッセージ。
 残り少なくなった時点で買っとけよなと思うが、芯からだらしない男に言い聞かせてもきっと無駄だ。恐らくこいつは「ま、あいつに頼めばなんとかなるし」とか思っている。
 実際、なんだかんだでこいつのことを放っておけない俺は、ため息をつきながらも言うことを聞いてしまう。甘やかしている自覚はある。

 というのも、深山の「呼び出し」は、単なるパシリというわけでもなさそうなのだ。以前、買ったものを届けてさっさと帰ろうとしたとき、深山は俺の襟首をひっつかんで引き戻してきた。
 ぐえっとなりながら「何?」と訊けば、しんどそうな顔で「帰るな」と言う。なんで、と訊いたら、深山は目を伏せた。それから少し間を置いて、ぽつりと言ったのだ。

「一人でいたくない」
「……なんで?」
「雨が降ってるから」

 雨の日に一人でいたくない理由が何なのかは知らないが、俺はそのときの深山の顔がどうしてか忘れられない。つめたい雨の中でひとり震える、小さな子どものような顔だった。体調不良のせいで心細くなるというのはよく聞くけれど、深山の場合、なんとなくそれだけではないような気がする。

 だから雨の日はこうして、隣にいてやることにしている。窓に吹きつける雨風の音を聞きながら、何をするでもなく。
 つけっぱなしのテレビは、夕方のニュースを垂れ流している。明日の天気は、ところにより雨。お天気お姉さんはそう告げた。

【テーマ:ところにより雨】

3/24/2026, 1:22:53 PM