KAORU

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 ピンポーン。
「はーい」
 俺が、玄関のドアを開けると、ちんまりとした女の子がいた。
 お隣さんーー遠山さんだ。こないだ、でかい地震があったとき、停電が続いた中お互いにチャッカマンとろうそくを貸し借りしてお近づきになった。
「良かったー、西門さん、なかなか居なくて」
 やっと渡せる。と笑顔になった。
「ごめん、すれ違いだった? 俺夜もバイト入れてるから」
「いいの、これこないだのお礼。アロマキャンドル、ありがとうございました。おかげで停電でも助かりました」
 そう言って、俺に手にしていた紙袋を渡す。結構嵩がある。なんだ?中身は。
 と思ったが、「別に気にしなくても良かったのに。アロマだったんだね、あれ。どおりでいい匂いすると思った」と言った。
「彼女さんの趣味? 助かっちゃった」
 ニコニコしながら遠山さんが言う。
「彼女なんていないよ。まぁとにかく、ありがとね」
 俺もニコニコしながら改めて礼を言って、別れた。


 アパートのお隣同士。すれ違って、目礼する程度の関係だったのが、地震というハプニングで俺たちは互いの名前を名乗り、大学生同士だと知った。
 部屋に戻り、紙袋から中にある物を取り出した俺は目を丸くした。
「ーーお礼って、これ?」
 出て来たのは卓上コンロだった。スペアのボンベも2本添えられている。
 俺は笑った。言った、確かに言ったけど。ガスが止まって煮炊きも出来ねえなと、地震の時。あれを覚えていてくれたのかーーでもそれにしたってお礼が卓上コンロって! 助かるけど。
「やっぱ最高だなぁ彼女。遠山さん。遠山なぎささん。おもしれー、さすがは俺が見込んだだけはある」
 色気のかけらもない実用的な日用品をテーブルに置き、俺は彼女のアパートのほうの壁を見つめた。
 壁一面には、隠し撮りした物を紙焼きに印刷した遠山さんの写真が山ほど貼られている。隙間も見えないほどびっしりと。
 大学へ出かける遠山さん、バスを待つ遠山さん、部屋着でゴミを出す遠山さん、彼氏に振られ泣き腫らした目の遠山さんーー
 彼女が隣に越して来てからずっと見守って来た。盗聴器を仕掛け、部屋の中の様子や会話をチェックして来た。
 郵便物も、中を見たかったけど、発覚するリスクが高いので諦めた。表書きで俺は名前をとっくに知ってた。
 遠山なぎささんーー

 もうすぐ、もう少しで君は俺のものになる。
 彼女のことを聞いて探りを入れてきてるのが、その証拠だ。俺に興味を持ち始めた。
 優しい隣人の俺に。
 俺は卓上コンロを見下ろした。地震に感謝だなとほくそ笑んだ。

#すれ違い

 「柔らかな光2」

10/19/2024, 11:00:12 AM