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 人間は、人間の顔の狂いによく気付くという。でもその実、顔全体を見ているのではなく、向かって左半分しか見てないのだとか。

 向かって右に来る左目は、透き通ったピンク色。でもよく見てみると、反射光の表現か、あるいは視線を引く為の描き込みか、いろんな色彩が隠れている。
 向かって左に来る右目は、描き途中。綺麗な左目をくすませちゃわないように、うんと綺麗に描かなくちゃ。

 …でも、現実はそううまくはいかなくて。

 まつげをもうちょっと短くしようとすれば、肌の色を塗りすぎて。
 目をもうちょっと大きくしようとすれば、 白目を作りすぎて。
 瞳をもうちょっと複雑な色にしようとすれば、差し色の主張が激しくなって。
 透明水彩じゃないから上から塗り潰せるとはいえ、色が濁っちゃうからある程度は絵の具を乾燥させないといけないし。
 平坦なキャンバスに描くのと違って、立体的な顔に描くのは筆の動かし方を変えなきゃいけないし。
 鏡越しだから頭がこんがらがっちゃって、変な描きミスが頻発するし。
 …というか、こんな複雑で綺麗な色、どうやったら作れるの?
 何色でどう描き込んでいったら、こんなハーモニーが生まれるの…?

 私以外の、私よりもっと上手い誰かに描いてもらうことも、考えはした。でも私の周囲に人物画を描ける子はいなかったから、自分でやるしかなかった。
 もしかしたら、外に出て探せば誰かしら見つけられたかもしれない。けれど、この状態のまま外に出るのは…私がイヤだった。

 人間がお化粧をバッチリ済ましてから外出するように、私だって完成してから人目に触れたかったから。


 …でも、ごめんね、お父さん。
 せっかく、右目を描き直そうとしてくれたのに。
 その想いを無下にしないように、私もずっと頑張ったけど…。
 お父さんの腕が凄すぎて、私じゃちっとも再現できなかったよ。
 
 私の右目、私の肌の色で、全部塗り潰しちゃった。


(「みらみゅーじあむ」―甘い誘惑―)

11/8/2024, 12:48:31 PM