とよち

Open App

「WORLD BACK 」
「2、投獄」
「690番!」「はい!」、看守は牢獄の鍵を開ける前に俺の方を向き「フッ」と鼻で笑い、意地の悪い笑みを見せた。これから俺はCブロックの「690号室」に入れられ、物置小屋のようなホコリ臭いネズミの巣で二十数年間を過ごす。最悪だったが、この刑務所の環境を見て諦めが着いた。どうあがいてももう、普通の人間には戻れないのだ。一日目に額を割られたゴロツキは、怨めしそうに看守を睨みながら、頭にまいた包帯を撫で隣の部屋へと入っていった。
彼の名前はマティス・ディーン、23歳。ニューヨーク出身の男で、小柄ながらも引き締まった体つきをしている。生まれた時は裕福では無いものの父母子ら共に三人仲の良い幸せな家系だった。しかし、不況に陥り家業を続けるのが困難になってしまい、父親もストレスからアルコールを大量摂取する用になり中毒症状で死んだ。高祖父の代から続いていた家財道具店も四代目で途絶え、母が雑貨店で下働きをしディーンを養っていた。しかし、無理が祟ったのか彼が19歳になった年に母親のマティス・アンナが脳卒中で倒れ帰らぬ人となった。それから一年は、アンナの面倒を見ていてくれた雑貨店の老夫婦が家に住まわせてくれたが、迷惑がかかるからと言いディーンは雑貨店を離れ、路上で暮らすようになった。それからだった。彼が変わっていってしまったのは。それから2年後の12月24日のクリスマスイブの夜、仲間の女の事で争いになり人を殺めた。そこで、彼の人生は銃口から上る煙と共に消え去っていった。

塀の中の1日は長い。昼が過ぎてから、夕方のチャペルが鳴るまで、丸3日かかったと言われても納得しただろう。その日は、無駄に味付けの濃くて量の多い飯を存分に腹に納め、支度をして横になった。外の世界より、やれることは少ないが衣食住には困らないようだ。入官してから3日間は見て学ぶ期間で、その後からは朝から晩まで周りと同じように働かされる。そんな事を考えていると看守の「消灯!」という声がこだました。眺めていた牢獄の鉄柵の外が一気に闇に飲まれ、窓からはいる月の光りが部屋中の物を淡く包んでいった。

6/23/2024, 11:02:25 AM