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「こんな夢を見た。」って、夢十夜ではないか。
なんともまぁ、文学的なテーマだこと。

「こんな夢を見た。」の一文から始まる夢十夜は、夏目漱石によって書かれた──十の不思議な夢を綴る物語だ。

それがテーマとは、恐れ多いというか何と言うか。

さて、どうしたものか。

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こんな夢を見た。

朱色の鳥居を潜ると辺り一面、金雲に包まれた。

キラキラ輝いてしょうがないその雲を掻き分け境内へと進むと、狛犬が毬を転がして遊んでいた。

その側では尾の長い金の鳥が優雅に闊歩している。

どうやら、神社に鎮座している彫刻達が意思を持って動いているらしい。

そんな事を思いつつ、境内わきにある古びた五重塔へ向かう。
この五重塔は開放されていて中を見学することが出来るらしい。
何処で仕入れたかもわからない知識であったが、実際に五重塔の前まで行くと扉が開いている。

五重塔は長い年月たっているのか、朱色が所々剥げている。竣工時はさぞや色鮮やかだったのだろう。
そんな在りし日の事を偲びつつ、五重塔の中へと入った。

中へ入った私は肩透かしを食らった。

歴史的なものがあると思われた五重塔の中には、獅子舞がおみくじを引く機械がポツンと一台置かれているだけだった。
チンドンチンドンと場違いな音が何とも滑稽だ。

どれ、運試しでもなんて思う気力も起きない。

「なんじゃコリャ」と鼻で笑いながら、
私は早々に五重塔を出た。

五重塔から外へ出た瞬間、ドンっと大気を震わせる大きな音が鳴り響いた。雷鳴によく似たその音は、五重塔からだ。

何事だと五重塔の方を振り返ると、空を覆うほど大きな龍が、五重塔を突き破り空へ昇っていく最中だった。
墨で描かれたような立派な鱗が目に焼き付く。
大胆でありながら、暈しなどの繊細さは一流の絵師によるものと似ている。
生憎龍の顔は拝めなかったが、きっと美形であったに違いない。
そんな事を思ったのは、随分経ってからだ。

目の前ではバラバラと木片を撒き散らしながら五重塔が崩れていく。
口をあんぐりと開けてその光景に釘付けになっていると、龍は上空の雲に消えていった。

龍が消えると同時に、崩れてしまった五重塔は、逆再生のような動きをし始めた。周囲のバラけた木片が見る間に組み上がり形になっていく。
古びた五重塔があった場所には、黄金の五重塔が出来上がっていた。

かつて学生の時分に見た夢である。

あの世界は、この世とあの世の間であったのではないか。そんな事を思っては、あの龍の鱗の生々しさを思い返している。

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さて、この夢を作り話と思った人はどれだけいるだろう。
嘘のような真の話でありながら、夢の話。
掴みどころのないこの感覚は何とも面白い。

1/23/2024, 11:58:41 AM