G14

Open App

 私は砂浜に座り、打ち寄せる波を眺めていた。
 夏の太陽が私を照りつけるが、麦わら帽子のおかげでそこまで暑く感じない。
 風もちょうどいい強さで吹いていて、むしろ涼しいくらいである。

 そんな居心地のいい場所だが、私以外には誰もいない。
 ここは遊泳禁止なので、ここに来る人間はいないのだ。
 聞こえてくるのは波の音だけ。
 静かに考え事をするにはちょうどいい。

 考えるのは、他でもない彼氏の拓哉の事。
 別に喧嘩したわけじゃない。
 ラブラブだ。
 私たちはずっと一緒で、これからも一緒……
 そう思っていた。

 だが少し前に問題が浮上した。
 一緒の大学に行けないのかもしれないのだ。

 拓哉には行きたい大学がある。
 そしてその大学はレベルが高く、私の今の学力ではとうてい無理なレベル。
 だけど諦めきれない私は、猛勉強しているのだが、どうにも結果が出ないのだ。
 夏休み前のテストだって、点数が芳しくなく補習を受けることになってしまった。

 そのことが、悔しくて悔しくて……
 もっと勉強しないといけないと思うのに、焦りから思うように勉強できない……
 そして手につかなって、ここに来た。

 こんなことしている場合じゃないのは分かっている。
 こうして海を眺めるよりも、家で勉強している方がずっと有益なのだ。
 そこまで分かっているのに、私はここから動けない。
 心の中のどこかで無理だと諦めているのだ。
 自己嫌悪で、自分が嫌になる

 私が落ち込んでいると、突然強い風が吹きつける。
 かぶっていた麦わら帽子が風にあおられ、飛んで行ってしまった。
「あっ」
 麦わら帽子を追いかけようと立ち上がる。
 だが私は、追いかけることは無かった。

 麦わら帽子を目線で追った先に、拓哉がいたのだ。
 見間違いかと思ったが、どう見ても拓哉以外には見えない。
 なんでこんなとことに。

 麦わら帽子は見計らったかのように拓哉の手前に落ちる。
 拓哉はその麦わら帽子を拾い上げ、私の方に歩いて来た。

「ほら、麦わら帽子。
 咲夜のだろ?」
「うん……
 でも拓哉はなんでこんなところに?」
「勉強が手につかなくってね。
 気分転換に散歩してたら、咲夜を見つけたからここまで来たんだ」
「そっか……」

 私は拓哉を、まっすぐ見ることが出来なかった。
 きっと、勉強をサボっている罪悪感からだろう。
 私は下を向いて押し黙る。

「咲夜はなんでここに?」
「勉強に手が付かなくって……」
「うん」
「うまくできなくて……」
「うん」
「私、無理かもしれない」
「……そっか」

 そう言ったっきり拓哉はなにも言わなくなった。
 失望したのだろうか……
 勉強するべきなのに、こんなことろでサボっている私なんて、嫌われても仕方がない。

「あのさ、咲夜
 勉強、辛い?」
「……うん」
「そっか、俺も勉強辛い」
「えっ」

 拓哉の言葉に、思わず顔を上げる。
 拓哉は困ったように笑っていた。

「俺さ。
 勉強好きなんだけどさ。
 ずーっとやっていると、どうしようもなく辛くなることがあるんだ」
「拓哉でも、辛いことあるんだ」
「でもさ、そういう時って勉強のし過ぎなんだよ。
 だから俺は気分転換に散歩してるんだ。
 咲夜も、勉強しすぎなんだよ」
「違うよ。
 私は逃げているだけ」
「違わない。
 俺も逃げてきただけだし」
 そう言って、拓哉はおもむろにその場に座った。

「勉強ばっかりしても効率悪いんだ。
 たまには息抜きしないとね。
 勉強をしていると、それも必要だって気づくんだよ」
「……まるで私が勉強してないみたいじゃない」
「実際してないだろ?
 咲夜のノート、最近まで真っ白なの知ってるんだぜ」
「うぐ」

 私は痛いところを突かれ、反論できなかった。
 授業中、寝てばかりだからノートを取らないのだ。
 なおテスト勉強の時は、友人のノートのコピーして凌いでいる。
 
「根詰めても仕方ないからさ。
 ほら、一緒にここでぼーっとしようぜ」
「でも……」
「そっか、じゃあ一人でここにいる」
「……ずるい。
 なら、私も一緒にいる」
「じゃ、一緒にぼーっとしよう」

 私も拓哉に倣い、地面に座って海を眺める
 それ以降、私たちに会話は無かった。

 けれど不思議なことに、私の心は段々と落ち着いて行った。
 それは拓哉が隣にいるからかもしれないし、波の音のヒーリング効果なのかも知れない。
 間違いない事は、不安が綺麗に消え失せ、清々しい気持ちだと言う事……

 私は、私たちの未来のために、もう一度勉強を頑張ろうと心に誓うのだった。

8/12/2024, 5:35:43 PM