薄墨

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「好きです!」
女子高生が屋上で、男子高生に向けて叫ぶ。
一瞬の間の後、女子高生があわあわと早口で言い募る
「あ、えっと、その、すみません!言うつもりはなくて…ちょ、あの、ごめ…
「謝らないで!」
間髪を容れず、相手の男子高生が叫ぶ。
…一瞬の間をおいて、男子高生が照れくさそうに首を撫でながら、
「実は俺も…好きだったんだ」……

この後の展開はページをおくらずとも想像できる。
互いに頬を染めながら付き合い、バカップル上等とばかりのデートを重ねて、イチャイチャと絆を深めて、最後には幸せなキスをして終了_

手元に置いた炭酸水を飲む。
無味だ。二酸化炭素だけが口内と喉を刺激する。

机の片隅で、ラジオが喋っている。
「__続いてのお便りは、ペンネーム、ウツボカズラさんから」

炭酸水は水の味しかしない。
目の前の、この作品みたいだ。
ストーリーは無味だ。絵の綺麗さだけが脳を刺激する。

左上に記載されたタイトルを見やる。
『ハッピーエンディング_小さな恋物語_』
起から結だけじゃなくタイトルまで、ベッタベタのテンプレの恋愛ストーリー。
エンタメ系の『恋物語』で散々見つかるパターンだ。

…いや、良いのだ。
所謂、こういう既視感のチラつくテンプレ恋物語は、それはそれで良いのだ。

基礎問題みたいなものだ。
公式(テンプレ)を当てはめるだけで、理解して楽しめる。基礎問題なら、時間も頭も無駄に消費せずに娯楽にかまけられる。タイパ社会における最高の餌なのだ、これは。
基礎問題は重要だ。これが分からなければ、応用問題の重厚な作品は楽しめない。
だから気軽に楽しめるこれにもまた、需要があるのだ。

…そう思わなくてはやってられない。

私はタッチペンを手に取り、液タブの画面に着地させる。
ページをおくり、次のページの下書きを丁寧に仕上げてゆく。

都会にはこんな基礎問題が溢れている。
消費せねばならないものに溢れているからだろうか。
タイパを気にして時間に追われているからだろうか。
基礎問題は他の媒体に形を変えるのも容易だからだろうか。
基礎問題なら、頭を使わずとも即時に娯楽の快楽に浸れるからだろうか。
都会には兎角この、基礎問題が溢れている。

その中でも特に多いのが、このありふれた恋物語だ。
そんな恋物語を作る仕事を、私はしている。
都会でエンタメを仕事にするってそんなものだ。

ラジオは良い。時代遅れのガビガビの音声。話題は素人のお便り頼り。
こんな生き急ぐエンタメに囲まれた都会にも、ラジオはゆっくりとした時間を届けてくれる。

炭酸水が、二酸化炭素を着々と気化していく。
泡が減ってゆく。
窓の外は、まだ明るい。忙しい街が眠るには0時は早すぎる。

「___それでは次のお便り__」

ラジオだけが、のんびり声を紡いでいた。

5/18/2024, 2:09:25 PM