シシー

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 ふと、すれ違うときに濃厚な花の香りが鼻腔をくすぐって思わず振り向いてしまう。
サラサラとした長い黒髪を揺らして歩く後ろ姿をみて、やっぱり違うと落胆する。あの香りはずっと昔から知っているけれど違う。違うのだ。

 学生の頃、すごく美人な子とその子を褒めそやす目立ちたがりの集団がいた。美人な子は口数の少ない大人しい感じだったから、初めて話したとき思っていたよりも低く掠れた声に驚いたものだ。鈴を転がしたような愛らしく透きとおったものを想像していた自分が恥ずかしくて申し訳なくて、結局上手く話せなかった。
 それでも優しく微笑みながら私の話を聞いて、たまにポツポツと言葉少なにお喋りして、また私の話を聞く。その何気ない繰り返しにすっかり魅了されてしまって、初めに持っていた印象よりもずっと素敵な女の子だと知った。
 思い返してみればいつも聞こえてくる声は目立ちたがりの子たちのよく透るものばかりで、あの子が口を開くところすら見たことがなかった。だから想像ばかりがひとり歩きして素敵なあの子を知らなかったのだ。

 癖のない黒髪がよく似合う美人な子。
一人でいればユリの花のように凛としているのに、あの集団に囲まれると途端に空気のように霧散してしまう。
そして集団にさらわれたあとに残るのはたくさんの花をギュッと凝縮したような濃厚な香りだけ。色んな香水やシャンプーの香りが混ざりあって、華やかなブーケに包まれたような気持ちになるあの香りが残る。
 でもそれは素敵なあの子のものではない。真水のように無色透明で誰にでも寄り添えてしまう優しすぎるものではない。

 同じ黒髪なのに、サラサラとして流れる水のような美しさであったとしても、あの子には敵わない。
 誰もがみんな憧れたとしても、決して手の届くことはない高嶺の花だ。あの時のまま、時間が止まってしまった。
あの子も、それに憧れる私も、ずっとそのままなんだ。



              【題:誰もがみんな】

2/10/2024, 1:55:32 PM