孤月雪華

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【泣かないで】


「ねえハルヒロ。この先……まっすぐだっけ」 


 大学終わりのことだ。
 
 隣を歩くメイが、ぽかーんとした表情で首を傾げた。
 道順は何度も教えたはずなのに、どうにもメイは方向音痴である。


「違うよメイ。右に曲がって、左に曲がって、その後まっすぐだよ」


 でも、右に曲がって、左に曲がるから、結局、方角的にはまっすぐと同じ……なのか?
 メイは野生的な感を持っていたりするのだろうか。
 ほら、太陽の方向で決める……みたいな。
 いやいや、山の中じゃないんだし。


「そっか! さすがはハルヒロ!」

「心配になるよ。メイの方向音痴には」

「昔にもこういうのあったよね。ほら、高校入学前の時?」


 高校入学前というと、メイが引っ越してきた時のことか。
 そんなことあったっけ。あんまし、覚えてない。
 ハルヒロとメイが出会ったのは確かにその時だけど、経緯はもう覚えてない。
 いつのまにか仲良くなって、高校で話すようになって、同じ大学に行ってた……みたいな。


「そんなのあったっけ?」

「あったよ! 運命の出会いを果たした時のことを忘れるなんて。ハルヒロは非情だ!」


 メイが頬を膨らませ、抗議してくる。
 表情はご立腹だが、目は楽しそうだ。

 
* *


 ハルヒロは夜道を歩いていた。
 その時は特に理由はなく、ただ夜道を歩いていた。
 したがって、特に行き先はない。
 街並みは相変わらずで、田舎の雰囲気。
 人っこ一人、道行く者はおらず、たまに車が通るだけ。

「明日から、高校生活……か。めんど」

 もうすぐ春休みが終わる。
 ただそれだけが、ハルヒロの中で渦を巻いていた。
 特に充実してはいなかったが、休みが終わるのは憂鬱だ。


「疲れた」

 
 気がつくと、ハルヒロ神社に来ていた。
 真っ暗で、なんだか不気味。
 幽霊、お化け? みたいな。そういうものはあまり信じていないけれど……。
 少し、怖かった。
 しかし、ずいぶんと歩いたので、すぐに引き返すほどの体力は残っていない。
 ハルヒロはボロけたベンチに腰掛けた。

「……ッ!? ゆ、幽霊っ!?」

 明らかに、泣き声……だよね?
 座っていると、泣き声が聞こえてきた。鼻水をすする音? みたいな。
 すごくリアルで、不気味すぎて怖すぎる。
 心臓が止まるかと思った。
 ハルヒロは音がする方へ歩いた。

 いや、なんだか。怖いんだけれど、確かめずにはいられない……。
 

「だ、大丈夫……ですか? ど、ど、どうして泣いてる……の?」

 
 女の人が、うずくまって泣いていた。
 ほら、やっぱり幽霊なんていない。
 どちらかというと、ハルヒロの方が幽霊みたいだ。
 きょどりすぎ、自分。
 春休み、ろくに人と会話してなかったから声がおかしい。

「迷子になった」

 女の人はメイと言った。

 メイは最近引っ越してきたらしく、散歩に出掛けて迷子になったらしい。
 真っ暗だったけれど、ずいぶん彼女は可愛らしかった。
 目の保養? みたいな。見ているだけで、見惚れてしまいそうになった。
 こんな可愛い子いるんだと、感心した。
 
 それにしても、引越してすぐ一人で外に出るなんて、肝が据わっている……のか。


「泣かないでよ。その、ほら、僕……道知ってるし? だから……その。安心というか。いや、不審者じゃないよ? 多分同い年だから安心……だと……思う……から」


 自分でも何言ってるのかよくわからない。
 とりあえず泣き止んで欲しくて、ハルヒロは頑張った。

 
「ふふっ」


 そんなにおかしかったのだろうか。
 でも、ようやく、メイの笑顔が見られた。
 
 
「ハルヒロ君」

「どうしたの?」


 帰り道。

 夜の道を歩くメイは、目元を少し赤らめながらハルヒロの袖を掴んだ。
 同級生の女子と一緒に歩いたことなんてなかったハルヒロは、それだけで心臓を跳ねさせた。


「また私が迷子になったら、見つけてくれる?」


 メイはどうやら方向音痴だったらしい。
 彼女はこれからも迷子になる前提のようだ。
 迷子になった人を見つけるのは酷く骨が折れるよ。流石に。困る。
 今日はたまたま見つけただけだし。

「迷子になる前に、僕に言ってよ。道案内くらい? はしてあげる……から。また泣かれたらその……めんどいし」

 そうだ。
 泣かれるとすこぶる大変だ。
 ハルヒロが泣かせたみたいな。もし人の目が合ったら、嫌だ。

「めんどいなんて、ひど〜。じゃあ、私が泣かないよう、ハルヒロ君にはこれからも頑張ってもらうしかないですね」

 メイはとても、親しみやすかった。
 初対面なのに、会話がしやすかった。

 高校生、春。

 ハルヒロとメイの出会いは、涙から始まった。

11/30/2023, 2:28:18 PM