『一年後』
一年後、君はイルカとワルツを踊るだろう。
キラキラと光る硝子の破片の星空の下で、二人きり。
……血と肉と硝煙を纏わせながら。
二人きり。
○○○
こんなことが起こるとは思わなかった。
……なんて、いうのはよく聞く話で。
まあ、それが実際に自分に降りかかるなんて、誰も考えやしない訳だ。
……でもそれは実際に起きてしまった。しまったのだ。
キュイキュイ。
イルカの鳴き声に似たこの音は、イルカではない。
……イルカだったら、どれだけ良かったことか。
ブリキの塊が、赤い点滅するランプの眼を持って、殺意を孕みつつ此方を睨みつける。動く度に、金属の擦れる音がキュイ、と金切り声を、あげた。その音の飢えが癒えるのは、ぬるりとした人間の血で満たされたときだけだ。
——AIは、人類に反旗を翻した。
シンプルに率直に簡明に伝えるならば、そう。
それが人類の身に起こった事だ。
何度も何度も、SF小説で話題に取り上げられて、
何度も何度も、どこぞのニュースの専門家が賢しら顔で語って鼻で笑われていた、
そんな事が実際に起こってしまったのだ。結局。
まさか、こんな事が起こるなんて、一年前は思いもしなかった。誰もが、そう、そうなのだ。
「なあ、次のイルカとの戦い。ヤバイだろ。俺ら、死ぬな」
「……そんなこと、言うなよ」
「事実だろ」
隣に居たお調子者のマイケルが肩を竦めて、舌を出した。
俺はその様子を見ながら、憂鬱そうに溜息を吐く。
いつもなら、笑って「そんな訳ないだろ」ってそう言えた。「次も生きて、子供たちに会いに行こう」って、言えた。
それが言えなかったのは、自分でも分かっているからかもしれない。
次の戦いは、マジでヤバイ。
……きっと、俺達は死ぬだろう。
遺体も残らない、グチャグチャのミンチで。
しかも、何か重要な勝利もない、圧倒的な噛ませ犬敗北で。
負け戦なのだ、間違いなく。
それでも、やらなければならなかった。
逃げ場は無いし、少しでも時間を稼がなければ、子供たちが避難する時間さえ作ることが出来なかった。
……そして、安全に避難する先も、避難するための物資も、限られていた。
——俺達に明日はない。
どこか、心のどこかでは覚悟が出来ていた。
だが、どうしても心配な事がある。
子供の事だ。
これは大人達が選択してしまった未来の結果だ。それを、子供たちに尻を吹かせるような事をしてしまう。それが、どうにも喉に骨が刺さったような後ろ髪を引かれる思いがした。
「俺達がさ、若い頃はよく言ってたよな」
「「こんなクソな世界なのは、大人達のせいだ、って」」
言葉が重なって、お互いに笑い合う。
ここ数日で、久しぶりに笑った。引き攣った苦笑交じりの笑みだったが。
「本当にごめんな」
「今思うと、全然世界はクソじゃなかった。最高だったね」
《——A-21部隊は車両に乗り込んで下さい》
「行くか。来世でもよろしくな」
「おう、一花咲かせてやろうぜ、相棒」
ふと、こんな白昼夢を一瞬みた。
子供だった君が少し大人になって、銃を持ってイルカと対峙している姿を。
一年後、君はイルカとワルツを踊るだろう。
キラキラと光る硝子の破片の星空の下で、二人きり。
「こんな事しか出来ない大人でごめんな——未来は任せたぜ」
おわり
5/13/2026, 8:35:38 PM