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窓の外には猫の爪のような細い月。

「あした、月が消える時にわたしも死ぬの」

彼女は病室のベッドの上で、そう言った。
オー・ヘンリーの『最後のひと葉』でもあるまいし、とぼくは小さく笑う。
昨日が朔の月だったから、いま空にあるのは繊月だ。
これから太っていく月。どんどん満ちていく月なのに。
大手術から目を覚ましたばかりだからか、手術前の一時の意識の混濁と麻酔のせいか、彼女は時間感覚が少し狂っているようだ。

「手術は成功したんだよ」
ぼくは彼女の柔らかな髪をそっと撫でる。「もう心配ないんだ」

明日、また一緒に月を見よう。言葉で言うよりもわかるだろう。
もしも雲が出て月が見えなければ、あの老人よろしくぼくが月を描いてみせてもいい。
病室を出てスマホで確認すると明日の降水確率は0%だった。


翌日。

月は出なかった。
雲に隠れたわけではない。
あの衛星は、何の前触れもなく、火球となって地球に体当たりしてきたのだ。
きたのかもしれない。
恐ろしいほどの大きさで迫ってきたあの火の玉は、本当に月だったのだろうか。
突然に全てが終わってしまって、どうなったのか本当のところはわからないのだった。
ぼくにも、誰にも。

――もしかしたら、彼女にだけはわかっていたのかもしれない。

「ね、言ったとおりでしょう?」
上も下もない暗闇の中、そんな声が聞こえた気がした。

1/9/2023, 7:46:57 PM