薄墨

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寂しくて寂しくて、それだから私は、歌っていたの。
岩場の上で空に向かって、できるだけ美しい声を目指して。
だって歌っている間は孤独を忘れられるから。

北の海には、私の仲間は少なかった。
なんでも遠い昔、私たちの仲間のある子どもが、人間に育てられたのにも関わらず、その人間に売られて非業の死を遂げたらしい。
それで、私たちにとってこの辺りは、心霊スポットでもあり、危険地帯でもあった。

もちろん、それは船にとっても同じことで、だからこの辺には人の気配すらなかった。

だから私は寂しくて、歌を歌っていた。
できるだけ遠くに、できるだけ美しく響くように。

そしたら、ある日、風が強いあの日から、船がやって来るようになった。
私の歌声に惹き寄せられるように船が近づいてきた。

とても嬉しかった。
船は、この海独特の岩礁と高波に揉まれて、最後には、丸ごと海底に沈んだ。
広すぎて寂しい私の家の、貴重なコレクションになった。

それから私は寂しくて寂しくて仕方がない時、歌を歌うようになった。
岩礁に座って、空へ高らかに。
船はひっきりなしにやってくる。

今日も寂しくて寂しくて、私は岩礁のてっぺんに座って、歌を歌う。
きっと今日も船がやってくる。

空はグレーの重たい雲を吊り下げている。
岩礁に歪められた高波の白い飛沫が、私の鱗を濡らす。
波の音と自分の歌声だけが響く空間が寂しくて、私は声を張り上げて歌う。

どこからかきっと、船の警笛が聞こえてくるはず。
私は歌を歌う。高らかに。

11/10/2025, 2:22:58 PM