「踊りませんか?」
すき。色素の薄い目が。
すき。振り返るときの横顔が。
すき。どこまでも優しいその声が。
夢を見たんです。
小さいけれど美しい広間に、いろいろな洋服をまとった人々が集まっていました。私はいつもの制服を着て、スーツに身を固めたあなたを見つけました。
最初のダンスが始まりました。今夜の主役のふたりが、とても幸せそうに手を取り合って踊っていました。それはまるで時の流れがゆったりとしたように見えたのです。
2曲目になると、みんなそれぞれがパートナーを探して踊り始めました。私は煌びやかな人々を眺めながら、あなたのことも見つめていました。あなたはひとり、ごちそうが並んだテーブルの後ろに立って、私と同じように広間の真ん中に視線を向けていました。
シャンデリアの光を受けたその瞳があまりにも綺麗で、思わず見入っていると、あなたがこちらを向きました。
あたかもロマンス映画のワンシーンのように、周りの音が消えました。人々もなくなりました。私が一歩踏み出すと、あなたもこちらに足を出すのです。
やがてふたりは10センチの距離まで近づきました。あなたは背が高いから、それとも私の背が低いから、私は首を伸ばしてあなたを見上げました。あなたの髪が額に触れて、少しくすぐったくなりました。
「あなたの」
勇気を出して言葉を絞りました。
「最後のダンス、くださいませんか」
あなたの息が鼻先にかかりました。あなたは困った顔をして首を振りました。制服のスカートを指差していました。
あっと気がついて、私は化粧室に飛び込みました。確かにこれじゃいけません。きちんとドレスに着替えなくては。
私のドレスは、白いレースに桃色の刺繍がある膝丈のものでした。髪も1度ほどいて、かわいくなるよう結び直しました。
化粧室を出てあなたを探すと、あなたはバルコニーへ出ていくところでした。追いかけて手を伸ばしましたが、すんでのところで声をかけるのをやめました。
あなたはひとりではなかったのです。深い紅色のドレスをまとった方と一緒にいらっしゃるのです。
私は自分のドレスとその方とを見比べました。私のはかわいらしいけれども、幼稚でした。あの方のは単調だけれども上品でした。
私は苦しくなって、けれどそこから逃げるのもなんだか癪で、カーテンに隠れて様子を見ていました。
あなたは膝を折りました。右手をすらりと差し出して、その方に頭を下げました。
「わたしと踊りましょう」
とたん私の目に溢れたそれはどんな感情だったのでしょうか。あなたの相手はすでにいたのです。私はそれを知っていたはずだったのに。
帰り際、あなたは柱の影にしゃがみ込んだ私を見つけました。
「気つけて帰りや」
紅いドレスの方も心配してくださいました。
どこまでも優しいその声が好き。
こちらを振り向く横顔が好き。
あの方を見つめるその目が好き。
誰も去ったダンスホールに、私はつぶやきました。
「一緒に−−−−せんか?」
『彼女と先生』
10/5/2024, 12:59:14 AM