今日、アンネとナハトはサンダーバード討伐のため、この山を訪れていた。無邪気にはしゃぐアンネを尻目に、ナハトは山道をひたすら登りながら、徐々に様相の変わっていく風景に悪い予感がしていた。
登り切ったとき、彼女は愕然として立ち尽くした。ギルドからそれほど遠くない場所にある山だが、季節のせいだろうか、標高のせいだろうか、眼前には見渡す限り、真っ白の雪景色が広がっていたのだ。
「通りで景色が白くなっていくなと思ったぜ」
ピュウと口笛を吹いて、ナハトは肩を竦めた。辺りを見回すが、右を向いても白、左を向いても白。地面はもちろん白。
二人はとにかく歩き始めた。さくさくと雪を踏んで進んでいく。
へっくちと隣でアンネがくしゃみをしたので、彼は我に返った。彼は雪国で生まれ育ったせいか、寒さには滅法強かったのだが、隣のアンネはそうでなかったことをすっかり忘れていた。
一度だけではすまなかったのか、二度三度と立て続けにくしゃみをする彼女に、ナハトは自分の上着を羽織らせた。身震いしながらも、彼の方を振り返ったアンネは目をぱちぱちさせた。
「あの……ナハトさん、これ……」
「ああ、オレ、寒いの平気なんだ。いいから、着てな。ないよりはマシだろ」
礼を言いながら、彼女はそれに袖を通した。まだ微かに彼の温もりを感じる。
さやさやと吹いていた風は、やがてピュウピュウと吹き荒れ始めた。
ナハトは風除けになるべく彼女を自分の方に引き寄せながら、どこか風を凌げる場所はないかと辺りを見回した。少し離れた場所にぽっかりと口を開けている洞窟が見えた。彼は彼女を抱き上げると、走ってそこに向かう。
洞窟の中は魔物も見当たらず、そんなに深くなかった。奥まったところで火を熾すと、それに当たって暖を取る。
ぱちぱちと爆ぜる火の粉を見つめるうちに、アンネはぼうっとしてきた。うつらうつらと舟を漕ぎ始めた彼女に気づいたナハトは、彼女に向かって口を開いた。
「アンネ」名前を呼ぶと、彼女は彼の方に振り向いた。瞼がとろんとしている。「寝るなら、オレの隣で寝な」
どうしてだろうと思ったが、口に出して意味を問えるほど、意識がはっきりとしていなかった。言われた通り、アンネはいそいそと彼の隣に移動すると、彼にもたれかかって、少しもしないうちに寝息を立て始めた。
そんなアンネをナハトはこれ以上ないくらい優しい瞳で見つめている。
1/13/2024, 9:44:31 AM