「青い青い」
ふと、何かの曲を思い出した。
何だったか、曲名さえ思い出せないようなもの。空っぽの頭のなかを唄い始めた。
なんの憂いもなく、ただポンと言葉だけが、頭を駆け巡る違和感。
でもそれでも、流れるような曲調だけは、僕を時間から弾き出していた。
歌は好きだ。自分の言葉でなくとも、心を映し出してくれるから。
曲が好きだ。なにもない世界に音を紡ぎだしてくれるから。
他の人が考えたからこそ、人の心と共鳴する感覚がある。対面しても繋がりの見えない僕の、唯一の窓だった。
それでも、好き嫌いの分かれる曲はある。僕としては自分の心情を唄う、そんな曲が良い。何もない、外見だけを飾ったような、社会を象ったような唄は好きじゃない。
思い出したのは、前者後者どちらとも似つかない曲。あるのは苦しみと希望だけ。痛みと光を歌い上げた悲しい世界。
少し歌詞を検索して、調べてみようとスマートフォンを手に取る。画面のブルーライトが眩しく目を少し細めた。
検索口に頭で流れた歌詞を入れ込む。いの一番に出てきた題名は『スピカ』。
星の名前だ。春の星座、乙女座の一等星。春の大三角の星だが、そのことすら、知っている人は多くない。
スクロールして、歌詞を目に映しながら、一つ、歌い上げてみる。
『蒼い君の瞳で僕を"殺して" 夜に溶けないか』
――誰も助けてくれない。何でもないように振る舞いはするけれど、居場所がないような違和感は拭えなかった。
家族が愛してくれていることは分かる。自分が幸せなのも、分かる。だけれど、居なくなってしまいたい。悲しまないように消えてしまいたい。
希望があるのは死ぬことか。夜という闇に溶け込んでしまうことか。
どちらにせよ、希望は「君」だけだった。
少し、自分に追い重ねる。居場所があるはずなのに、そんな気がしない。生きた心地がしない。
どうせなら死んでしまいたい。でも、それで悲しむ人が居る。
そういえば、と思考を戻し、画面の真ん中を指で指してみる。誰に見せるでもないけれど。
"蒼い瞳"。なにか意味があるのだろうか。
確かに、スピカは表面温度が太陽の二倍近く高く、青白い。恐らくそこから来ているのだろう。
でも、なぜ"蒼"なのか。"青"ではなく、"蒼"。
蒼い瞳を思い浮かべる。深淵のように深く、それでいて優しさの混じった、瞳。
見えたのは、闇のなかに、光が射し込む世界。暗い世界を基調としながら、明るく優しい色。
ああ、だから"蒼"なのだ。青では、単調な色にしかならないから。世界を、あらわせないから。
こんなの、想像でしかない。けれど、そうであるという答えにたどり着いてみれば、それはちがうように見える。
『止まない雨に哀を刺して 星になれたら許しは要らないから』
――死んでしまえば、許しは要らない。許して欲しいと願う自分は、いなくなるから。
ああ、そうか。なにかが氷解する音がした。だから、僕は。
ずっと苦しい気がした。その気持ちに蓋をして生きてきた。誰にも残らぬよう、普通に、平凡に。
それなりの友人は作って。でも、親友と思えるような人は誰一人とできなかった。
誰からも必要とされない気がした。何をしても、そういう人なんだな、で終わってしまうような。別れを告げたら、確実に僕は彼らの世界から居なくなってしまう。
それが、ずっとずっと続いていくようだった。なにも救われない。けれど、変われない。
曲の中身もそうだった。僕と同じ、溺れたまま。そのまま生きている。
けれど、続きは。果てしなく続くように思われた世界は。「僕」という存在だけを残して、一つの、一つだけの願いを告げる。
ああ、きっと、僕はそう思っていたのだろうなと。考えながらその言葉を胸に刻んだ。
だから、誰も。
『忘れないで』
引用:『スピカ』 Rig/feat.flower
5/4/2025, 1:12:19 AM