「安心と不安」
暗い部屋の中でひとり。孤独という寒さに凍えながら、僕は彼女の帰りを待つ。
「仕事終わったら帰ってくるから〜いってきまーす」
「うん、いってらっしゃい」
毎朝、こうして彼女を光の中に送りだした後、僕は何をするでもなく窓から一番遠い部屋の隅に、膝を抱えてうずくまる。
遮光カーテンが太陽の光を閉ざしていても、漏れている光が恐ろしくて仕方なかった。
僕が外に出られなくなって、光すら怖くなって、どうすることもできなくなって……震えていた時に唯一手を差し伸べてくれたのが彼女だ。
彼女は、こんな状態の僕を見ても、なにも聞かなかったし、なにも言わなかった。
今まで偽善で僕を助けようとした人間どもと違って、善意を押し付けたり、探りを入れたりしてこなかった。
ただ、寄り添ってそばにいてくれた。ほんの少し温もりを分けてくれた。
それが、どれだけ僕を救ってくれたか……
“ずっとそばにいて欲しい”
そう思っても、彼女には彼女の生活がある。その足枷になってしまうのは僕が嫌だったし、縛りたくなかった。
だから、毎夜少し疲れた顔で彼女が「ただいま」と帰ってきてくれるだけで、僕は幸せだ。そのはずだ。
でも……もしも彼女が帰ってこなかったらどうしよう?
ふと、そんな不安に駆られる日が最近増えた。
そんなことないとわかっているけれど、外の世界ではなにがあるかわからない。
事故にでもあって、死んでしまったら……?
彼女の帰宅予定時間が近づけば近づくほど、あの朝の会話が最後なんじゃないかと、不安で心が押し潰されそうになり、身体中が冷たくなる。
予定時間を過ぎても帰ってこない時は、爪が食い込むほどに腕を握りしめて恐怖に震えてしまう。
どうしようどうしようどうしたら僕一人じゃ何も出来ないこわいこわいこわいこわいこわ……
ガチャ
「はぁぁ〜ただいまぁ……上司に捕まって残業させられたぁぁ……うわぁっ!?」
ぎゅぅっと、彼女に抱きつく。安心する、彼女の匂いだ。
「お帰り、なさい……!」
そんな僕に最初は驚いた様子だった彼女も、またいつもの事だとわかってからは、へにゃりと笑った。
「あはは……また心配しちゃったのかな?甘えん坊さんだなぁ」
僕の背中を優しく撫でる。この手の温もりも、僕を安心させてくれる。
「大丈夫だよ。私は君を置いてどこかに行ったりしないからね」
僕をなだめるその優しげな声まで聞いたところで、僕はやっと冷たい不安から解放された。
その様子を見た彼女は、いつもの問いを投げかけてくる。
「ねぇ、お腹空いてない?大丈夫?」
空いている、とても。でも……
「ううん。平気だよ」
「そう……?また我慢して倒れたりする前に言うんだよ?【血を吸われる】くらいのこと、嫌がったりなんてしないからさ」
「うん……」
普段は洋服に隠れて見えない彼女の首元には、傷がある。僕がつけてしまった傷。二度と消えない傷……
……僕が彼女に感じる安心と不安は、この血への渇望のせいなのかもしれない。
いつでも食事にありつける安心と、それがなくなってしまう不安……
あぁなんて、僕は醜いバケモノなんだろう……
1/25/2024, 12:50:31 PM