蟹食べたい

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10/26 「愛言葉」

合言葉を決めよう。
遠い夏の日、古臭い思い出の中、僕達だけの秘密基地の中で君がそう言い出した。
僕は君の提案に対して沢山のアイデアを提供した。
当時好きだったアニメのセリフや、興味があって調べていた花言葉、ちょっとカッコつけた恥ずかしい合言葉もいくつか口に出したりもした。
そんな僕の言葉に君はクスクスと笑いながら眩しいくらいの笑顔を見せてくれた。
今思えば僕はその笑顔が見たいがために色々と足りない頭をひねって少しでもユーモアの効いた回答をしようとしていたのだろう。
君と過ごした時間、君の笑顔、交わした言葉、そのどれもが綺麗すぎて今では触れることすら出来ない大切な宝物だ。
結局合言葉は君がたった一つ提案したものがそのまま採用になった。
あのときの僕はきっと君がどんな合言葉を提案したとしても手放しで称賛し、採用したと思う。
君が作ってくれたものがとても愛おしく感じたから。
どんな形でもいいから残しておきたいと思ったから。

だから、そう。これはただの偶然なのだと思う。

「…ひとりで、来てくれたんだ。そうか、そうだよね、君ならそうする。そうしてくれるって信じてた。だから私は安心してここまで来れたんだよ…」

血雪姫、美しき殺人鬼、変革者、世紀の大量虐殺者。
そのどれもが彼女を形容する言葉だ。
今日ここに至るまで49人もの、しかもそのどれもがこの国に絶大な影響力を持った権力者、それらを巧妙な手口で殺害し、この国の基盤を良くも悪くも崩壊させ、一つの時代にピリオドを打った張本人。
最初から、と言えるほど僕は優秀ではない。けれど、事件の捜査線に彼女の名前が上がったときから何となくそんな気がしていた。
自分の直感が外れていることを証明しようとして行った捜査は、その全てがどうしようもなく的確に彼女が一連の事件の犯人だということを示していた。
だから、僕は決意した。
虚偽の情報の申告、無断での武器の持ち出し、相棒を騙すような形での単独行動、更には、相手が大量殺人鬼とはいえ、僕はこれから人を殺そうとしている。
カチャリ
撃鉄を起こす。
今まで、そして、これからも使うことはないと思っていたそれを、明確な意思を込めて彼女に向ける。

「ごめんね、本当はわがままなんて言えるような立場じゃないってわかってるけど…やっぱり最後は君がいいな」

彼女は笑った。
遠い思い出に焼き付いた、あの眩しいほどの笑顔で。

「ねぇ、【私のお願い、叶えてくれる?】」

「あぁ…【きっと必ず、誰よりも上手に叶えてみせる】」

ゆっくりと、目をそらさず。
僕は引き金を引いた。

10/26/2024, 2:08:35 PM