1つだけ
普通、トラウマとは「ひどいことをされた記憶」だと思う。しかし私のトラウマは「確かに愛されていた、一番幸せな記憶」である。
一体全体どういうことなのだ。
アールグレイとチョコレートケーキが口の中で混ざり合ったあの味と、鼻から抜けていくあの香りを、もうそろそろ忘れてもいい頃だと思うんです。だって美味しいから、そろそろ普通に食べたいじゃないですか。
でも駄目なんですよね。あの組み合わせは駄目なんです。自分が今、過去にいるのか、現在にいるのか、よく分からなくなってくる。グニャグニャしてくる。
またしても3歳だかそこらの頃、夜中、雨戸が下りていて、真っ暗で、空気が重くて、リビングだけ明かりがついていた。本当に珍しい。その空気感が、実は怖かった。キッチンもダイニングも洗面所も真っ暗で、怖かった。冷蔵庫の唸るような稼動音と、秒針の音と、お皿とフォークのぶつかる音と、紅茶の香り。時刻は22時半か、23時半だったと思う。
微かに聞こえる声と、漏れる光に目を覚まして、布団から抜け出して、リビングへ行っていた。襖を開けるとき、姉に掴まれたことがあったと思う。「邪魔しちゃ駄目だよ」なんて言われた気がするけど「行きたいから行く」って、振り切った。長子というのは、こんなこと言ってはそれこそ失礼極まりないでしょうが、『可哀想』な存在だと思う。幼ければ幼いほど何も知らないから馬鹿なことができる。我慢というものを知らない。だから、平気で自分の感情を優先できる。そしてそんな馬鹿な末子を見て、いい思いをしている末子を見て、長子はきっと複雑な思いを抱えるのだろう。
寝室を抜けた先、リビングには母と、父がいた。母がケーキを食べていた。父が買ってきたのだ。
私はそのケーキを「食べたい」と強請った。母に「ちゃんとこの後、歯磨きする?」と尋ねられて、何度も頷いた。「一口だけね」と、こっそり分けてもらった。父は柔らかい声で「こら、それはお母さんのだよ」と、笑いながら言った。
愛してくれた。あの瞬間、確かに。愛されていた。確かに、あの瞬間、私は、両親に揃って。
母は、どうしてそんなに寂しそうに愛してくれるのか。「一口だけね」と、食べさせてくれたとき、母は、愛おしそうに私を見てくれていた。そのはずなのに、どこか疲れているようにも見えた。奇妙な感覚だった。
嬉しかった。ケーキを一口貰えたし、美味しいし、母は微笑みかけてくれた。これを愛おしいというのかもしれない。それが愛というものなのだと、私にはそう染み付いている。
無糖のアールグレイが苦いと思ったことはない。チョコレートケーキが苦いと思ったこともない。どちらもきっとチープなものだったんだ。濃厚とは程遠い味だったのかもしれない。
未だに安っぽい味が好きだ。ちゃんと茶葉をすくいとって、ティーポットに入れて、そこにお湯を注ぐより、安価で手に入る、その辺に売ってるようなティーバッグに湯を注いで飲むほうが。デパ地下のスイーツ店で買うより、チェーン店で買えるチョコレートケーキを食べるほうが、よっぽど食べやすくて、懐かしくて、優しい、味がします。から。よっぽど。
プレゼントで貰った、真っ黒な缶に入った紅茶の茶葉は味が濃ゆくて、クリスマスに食べたデパ地下のチョコケーキだって味が濃すぎて。嫌だなあ。本来は、たぶん美味しかったはずだった。
食べられないんですよ。頭が真っ白になって、脱力して、しばらく蹲ってしまって。ばかだな〜。ケーキ食たべて、紅茶飲んでるだけで、なんでパニックなんか起こしてるんだって、自分でも思いますよ。
なんとなく、何の紅茶を飲んでるのか、そのとき、確認した。詰め合わせセットみたいな袋の中から、適当に選んで淹れていたから、自分がどんな紅茶を飲んでるのかいちいち気にしていなくて。そしたらちゃんと『アールグレイティー』って書かれているわけです。美味しい〜って食べてたケーキも、チョコ味だった。つまり。なるほどなぁ。嫌だなあ、すっかり忘れられていたのに、忘れるにしては大事にしすぎていたんだと思います。
この組み合わせは本当に駄目ですね。食べられなくなっている。未だにケーキは怖い。お砂糖は幸せの味がする。確かに幸せで愛に溢れた味がする。それが寂しい。泣きながらケーキを食べるなんて御免だ。なんで幸せと寂しさはセットなんだ。愛おしいと寂しいがセットなんだ。結局ずっと愛しい。かなしいね。それも大事な、私の記憶。2歳だか、3歳だかの。
だから、忘れてしまえば楽になれるというのは、わかる。それでも、忘れたくないという気持ちが、どこまでも眩しく。とどのつまり、やめる気がないのである。私は愛されていたから、手放す気なんて、そうそうない。にもかかわらず、しっかりトラウマ反応だの、パニック発作なんて、起こしているのだから、厄介だ。
ダージリンは味が濃くて、ちょっと苦手だ。だからって、砂糖を入れると気持ち悪くなって飲めなくなるから、淹れない。紅茶に砂糖をいれるなんて邪道にもほどがある。
と思い込んでいるだけで、別にお砂糖入れてもいいです。温かい紅茶にお砂糖は淹れませんが、わたくしだってアイスティーにはガムシロップ入れますからね。
幼少期の当時、どうしていたかな。濃いなぁと思いながら、スルーしていた。だって母の紅茶をわざわざ横取りしていた。母が飲んでいるから好きだったのだ。
ああ、そうだ!あれ、薄かったんですよ。紅茶の色がかなり透き通っていて、光に揺れて、きれいだった。だから気になって「これ何」って聞いたんだ。そしたら「紅茶」って返ってきた。分からなくて「こーちゃ?」と聞き返せば「うん」とだけ。やっぱり何か分からなくて、だから確かめたかった。確かめるために「ちょーだい」と言った。美味しかった。あんなに透明な訳がない。そうだ。母は、もったいないとかなんとか言って、お湯を多めに入れたり、継ぎ足したり、ティーバッグを2回使ったりする人なのだ。
美味しかった。そんなに好き?好きでしたね。ずっと好きです。
できればアールグレイがいい。母が何故好んでいたのかは知らない。でも私が初めて口にしたのがそれだから、私の中では、もうそれで良いというか。さあ、何なんでしょうね。母は自分のこと話さない人でしたからね。本当に全く話さない。本人は話してる気でいるんですよ。海老が好きだったなんて全く知らなかったので「なんで教えてくれなかったの」と拗ねたことがありました。そしたら、ざっくり意訳ですが『あんたが興味を持ってなかっただけ。お母さんはずっと食べてた』とのこと。ええ……。
結局忘れようだなんてしたって、本気でするつもりもないんですよ。だって私にとっては大切な記憶としてもうずっと保管されてるし、定着している。
母は「何か甘いものが食べたい」と、父にこぼしていたらしい。そしたら、父は、ずっとケーキを買ってきた。母は「プリンとかさ、アイスとかさ、他にも色々あるでしょ?なのに、あの人、ケーキしか買ってこなくて」と、私は数年後、母の口から聞くことになる。本当は、嬉しくなくて、嫌々食べていたから、あんな疲れたような空気を纏っていたのかな、とか、考えたりもした。だから父も、どこか伺うようなギクシャクした空気を出していたのかな、とか。でも、二人とも、私に声をかけるときだけは、柔らかかったな、とか。二人を、繋いでいる、気が、していた、とか。
父は不器用な人だった。不器用なりに、考えていたと思う。情緒的なことはわからないのが父だった。それはもう『困っている』と言うようなオーラを出しながら曖昧に笑っていた。それが幼少期の私にとっての、当時の父の印象。人との関わり方、距離感に、本当に困っていたような気配があった。父は私に何かをくれるときも、いつも曖昧に笑って、伺うように差し出してくる。私が喜んでみせればほっとして「良かった」と笑った。それがずうっと不思議だった。私はそれを見ていた。
余談
父は私の当時に対して「あんまり懐かない子だな」という印象を抱いていたらしい。念の為、父に対して誤解されたくないので注釈を入れますが、父は言葉選びが苦手で下手なだけなので、この『懐かない』という言い方も、決して言葉通りではない。父は自分の感覚を言語化するのがそれはそれは苦手な人なので、知っている言葉に当てはめるしかできないだけなのである。私がそう思い込みたいわけではなく。これはマジ。
で、当時の私は『父に懐いていなかった』のではなく『ただただ距離感が掴みにくくて分からなかった』というのが、正確なところ。距離感を測っていました。だから父に一緒に遊ぼうと声を掛けたことも何度もあるし、棚の上の方にあるものを取りたくて抱っこしてもらったことも何度もあるし、遊んでもらった。私からアクションを起こせば、父は応えてくれる人ではあった。そうやって、距離感を掴んでいる最中だっただけだ。
閑話休題
恐らくそれが致命的だったのであろう。
母はそんな父に、ほとほと呆れ、呆れを通り越して、もう諦めがあったのだろう。母は自分の気持ちを素直に言うことが、苦手な人だったと思う。というより、きっと怖かったんだと思う。自分の気持ちに耳を傾けてもらえるどころか、否定されるようなことばかり言われて育ったから。
二人は、そうやって、少しずつ、すれ違ったまま、ずれたまま、歩んでしまって、結果、数年後、家庭は崩壊することになる。その予兆は、私が2歳や3歳の頃から――いいや、もう、私が生まれる前から、あったのだろう。
それでも、父と母は、私にだけは、確かに慈しみを注いでくれていたのだ。父と母の間にあったものが何であれ、私は何度も夜に起きて、ケーキとアールグレイを、口にしていた。たった一口ずつ。私はそれだけで幸せだったのだ。愛されている、と、思っていた。
書きながらもう頭がおかしくなってますよ。ジリジリするし、脳が伸縮してるみたいだし、全身ビリビリするし、力入らんし、酸素が足りん。これとどう向き合って生きていけばいいのか、今のところわからない。私にとってただの記憶であるはずのものが、こうもトラウマのトリガーというかトラウマそのものというかになっているのだから、原体験がそれって、一体全体どういうことだ。
愛されなかったことに怒り、絶望するアダルトチルドレンと、「確かに愛してくれたからこそ」その記憶に縛られ、パニックを起こすほど苦しんでいるアダルトチルドレン。形は真逆なのに、機能不全の家族から受けた「寂しさ」の根源は全く同じ。不思議なものです。
4/4/2026, 2:39:27 AM