灯火を囲んで

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UNDERTALE ネタバレ配慮なし


サンズは長い沈黙の末、ただ「バタンキュー」と言った。
しかし、事態は何も変わらない。
ただ漠然と、沈黙が立ち込めた。それだけである。


──……まだ、何もする気にはなれない。
色んなやつらが死んだからかな。とか思う。
でも、それさえなんていうか、言い訳に思えた。だって、悲しい事があってもみんなは、普通に働くし。
普通に食って、普通に寝たりする……
だからオレのは“言い訳”に違いない。
そんなの“良いわけ”ない。だろ。違うかな。
多分違うんだろう……

最後の回廊で、サンズは膝を抱えていた。
ここはあんまり黄金色に満ち満ちているので、蜂蜜瓶に沈んでいるような気分になる。
そうすると、頭の中に甘い蜂蜜が緩慢な動きで侵入し、そのスローさに頭を支配されてしまった。
でなくとも、サンズはいつもスローだった訳だが。

「……あーあ。あー……ホント」

サンズは突然このように呟いては、突然黙るを繰り返す。
頭に浮かぶ頭は、洗濯機で蜂蜜洗いされているのでほとんど甘く、べとついて、意味不明だった。

最後の回廊は、ほんとにほんとの最後の回廊になったのだろうか?

思った矢先に、つんざくような声がした。

「うわ〜!!血だ!血!!人殺し!」

浮つく声は間違いなく場違いだったが、廊下はその声を容赦なく響かせる。
サンズは顔を上げなかった。自分の膝の間から床を覗き込んで、赤い染みに挟み込まれた僅かな金色を見ていた。

そうしていれば、こいつは黙ってくれるとわかっていたのである。
……予想通り、フラウィはもう幾ばくもしないうちにため息をついた。

「……争いは同レベル同士とだけしかできないっての、ホントらしいや。
まったく……ボクって本当に運がないよね?
クズとクズのうち、面白い方のクズが死んじゃった」

フラウィは回廊の隅々を見渡すために、茎ごと体をねじる。
回廊の倒壊具合は凄まじかった。
まあ、無理もない。フラウィは、横目でちっぽけに丸まった元々ちっぽけなスケルトンを見つめた。
嫌になるほど見てきた青いパーカーは、残念ながらまだ青かったが、そいつが血の上に座っているのは面白かった。
そこまで気が動転しているのか、それとも、こいつさえ“LoVe”に支配されてしまったのか……

もし後者なら、それはとても面白い。

「……答えないの?イラつかない?ボクと同じ?」

フラウィはタイルの隙間から、しゅるりと茎を伸ばした。サンズの頭蓋骨のてっぺんめがけ、ピシャッと鞭打つ。
サンズは反応しなかった。

「違うね……どうせ、無視してればいいと思ってるんだろうね。お前って、そういうヤツだ」

サンズの眼光が微妙に揺れる。
フラウィはもう一度サンズの頭を叩いた。
それから、ゆっくり撫でる。

「でも……
生き残ったがらくたの中で、面白いおもちゃは君くらい。無視も“どうせイミない”よ」

フラウィは続けた。

「だって実際そうだっただろ?お前、何してた?弟の首が飛んだ時。仲良くしてたおばさんが殺された時。
お前いつもみたいにサボってただけなんだろ?
無視してたんだろ。
それで一体、何が残ったのかな……?」

口角が傾く。サンズの手がフラウィの茎へと向かったからだ。
馴れ馴れしく頭を這いずるだけの茎。サンズはそれを鷲掴み、床に叩きつけた。

フラウィは期待の眼差しを向ける。何を言うだろう?明らかに暴力的だ、なかなか面白い。
フラウィは素直に、茎を地中へと引っ込めてあげた。

サンズはフラウィを……見つめた。
それから……ゆっくり……また頭を下げる。

フラウィは目をぐるりと回した。

「あーあ、笑わせる。
血にまみれてうなだれて、ジョーカー気取り?
カッコイイねぇ。
メンタルブレイク中ならコメディアン休んだら?」
「……よくオレに話しかけるよな」

フラウィは聞き逃す。
どこか奥の部分が急速に冷えていくのを感じた。
面白くない。

「お前スタンドマイクないと声もマトモに出せないワケ?」

サンズは突然立ち上がった。
フラウィは驚く。いつものちっぽけなコイツより、何か、凄みがあった。
やっぱりLoVeが上がったんだ。
だからサンズは、フラウィのためにもう一度繰り返すほどの優しささえ失くしたんだ。

サンズはフラウィを微塵も気にかけず、方向転換して回廊の奥へ歩いていく。
庭の方ではない。入口の方だ。
フラウィは追いかける。

「……王さまに……伝えなくて……いいの?」

地中に潜る間は声が途切れた。
サンズはフラウィに一瞥もくれないまま、冷たい声でただ言う。

「おまえが伝えればいい」
「逃げるの?」
「……おまえが追いかけてるだけ」

サンズが出入り口をまたぐより前に、フラウィはサンズの足を茎で拘束した。

「追いかけさせないクセにさ。
近道するつもりだろ」

沈黙がフラウィを囲い込む。
フラウィはそれを自分で振り払った。

「お前っていつもそうだね?
呆れるほど行動が予想できるよ。
高いLoVeだとあんだけ説教かましてたのに、自分がそうなってどんな気持ちなわけ?」

サンズは、一切の音を立てずに浮かせた足を床へ戻した。
フラウィは身構える。サンズが息を吸ったのが聞こえたからだ。

「……正直、自分が何を感じてるのかもよくわからない」

フラウィは、茎が汗で湿っていないか心配する。

「それがLVによるものなのか、ただ気が動転してるだけなのかも」

サンズの声は、地面に重く沈む毒気のように聞こえた。
フラウィはそれでも、さっきのようには震えなかった。

「ただステータスがあるだけだ。
今のおまえを難なく殺せるくらいのがな」
「やってみなよ、きょうだい殺し」

……なぜ、フラウィは平気だったのか?
フラウィは、ただの花になる寸前まで笑顔でいた。
死に対して臆病で、痛みに対して泣き虫だったフラウィが。

サンズは足首に絡まる、力無い茎をぶちぶち千切り、先へ進んだ。

フラウィもまた、疲れていたのかもしれない。
生に執着する理由を“娯楽”ひとつに依存してしまっていれば、いつかはそうなる。
初めっからサンズの事を面白いおもちゃなんて思っていなかっただろう。思っていたとしても、面白いおもちゃなんかにもう興味は尽きていただろう。
それよりもっと面白い“友達”を思い出したからだ。

サンズは、なにか漠然とした罪の意識と、漂う絶望に押しつぶされそうだった。
もし、時を止めて、全部なかったことにする力を自分が持っていたら……
あいつらと同じことをきっとどうせしたのだろうと、サンズは思った。

11/5/2025, 2:36:25 PM