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雨と君


朝、雨の音で僕は目を覚ました。空いっぱいに広がった灰色の雨雲が太陽を隠している。朝のはずなのに夜の続きみたいに薄暗い。朝のようなそうじゃないような。少し前の僕だったら、この曖昧さを好んでいた。
だけど今は違う。取り残されているような不安を、灰色の空に重なるようになった。年齢的なものかもしれないし、安定しない社会のせいかもしれない。僕の人生は不確かでこの先も曖昧で朧げなまま、ただ日々が過ぎていく。雨だからこんな風に気鬱になっているんだろうか。ならばこんな日は、雨を理由に、ベッドに潜り込んでいたい。
それなのに、容赦してくれない君がいる。
ベッドの端で、僕をまっすぐに見つめているのは分かってるんだ。
頼むからそんな風に見ないでほしい。僕は君のその目にどうしても逆らえないんだよ。
とうとう根負けした僕はベッドを出た。
着替えてレインコートを羽織った僕に、君は跳ね上がって喜び、待ちきれないとばかりに、リードを咥えて来て僕に差し出す。
──分かったよ、君が行きたいなら。

外に出ると、雨はますます強まっていた。灰色の雲はさらに空を重たくして、朝とは思えない暗さで、まるで時間が逆行してしまったかのよう。薄暗い、雨音に包まれた灰色の街。出歩いているのは僕らくらいだった。
──ほらな、僕ら以外誰も歩いてない。
なんだか心許ない。僕らだけ別の世界にポツンと迷い込んでしまったみたいだ。

だけど、君は軽やかに水たまりを飛び越えた。雨も泥も跳ね上げては遊ぶ。時々振り返って僕を見る君のその仕草に、僕もつい笑ってしまって。
水たまりを跳ね飛ばして遊ぶ君を、雨に濡れながら眺めた。帰ったらずぶ濡れの君を毛をタオルで拭いて綺麗にして、僕はあたたかいコーヒーを淹れよう。遊び疲れた君は僕の膝の上で丸くなって眠る。そして僕は、君のつやつやの毛並みを撫でて、君の温かな体温と寝息に、とてつもない幸せを感じるんだ。
でもこうして雨の中、水たまりで跳ねて遊ぶ君を見ているのも悪くない。君はすごく素敵だ、何もかも自由だ。世界が灰色でも君がいれば僕はいつだって、いい気分になるんだ。

9/7/2025, 3:08:52 PM