何時からだろう。この日々に退屈を感じなくなったのは。
何時からだろう。君が居ない日々に退屈を感じたのは。
「おかえり」
「ただいま。私のお前」
凍てつく冬の女神の美貌に、雪解けの春を想う暖かな笑顔が咲く。
たったそれだけで胸の奥に火が灯る。
随分単純になったものだ、と頭の何処かで思いながら、それでもこのぬるま湯のような安寧を心地好いと思ってしまう自分がいる。
「今回は何時まで居るつもり?」
「1ヶ月ほどだろうか。次は北に行きたくてな」
「もうすぐ冬なのにか」
「だからだよ」
慈愛に満ちた、何処と無く寂しそうな微笑み。
そうだ。彼女の故郷は、春を知らない雪国だったか。
「次はお前も共に行かないか。1人は、少しつまらない」
冷たい指先が手の甲に触れる。
困ったように笑うくらいなら、いっそ故郷のことなんて忘れてしまえばいい。
それが出来ないから笑うのだと。分かって、いるけど。
「……………………安宿には泊まらないぞ」
「……! 構わないよ。1人でなければいい」
ため息混じりの億劫な返事でも嬉しそうで。
そんな彼女の姿にまた胸が暖まる。
彼女が居る世界に退屈なんてなくて、何時だって暖かい。
故に。
与えられた温もりを分ける事だって、吝かではないから。
雪の寒さも。共に行けば、少しくらいは紛れるだろう。
【題:心の灯火】
9/2/2024, 3:48:44 PM