《ひとひら》
ショッピングモールにある映画館で、恋愛モノを見た後、
「ねぇ、奏翔君は、私の事本当に好き?」
ハルカがそう言った。
付き合って一ヶ月目、五回目のデートでその言葉が出てくるとは。
奏翔は唐突なそれに驚いたが、思えば、先程の恋愛映画に似た場面があった。
「どうして私のことを助けてくれるの」という彼女役の疑問に対して、彼氏役は「君のことが好きだからだ」と答えていた。そして抱き締めてもいた。
つまるところ、あの場面に似た質問を投げられたようだ。
ハルカの彼氏として、しっかり考えて回答すべきだろう。選択肢はいくつかある。
第一の選択肢。「なんでそんなこと聞くの?」と返す。
選択肢に入れておいてなんだが、これは論外。質問に対し質問で返すべきではない為、却下だ。
第二の選択肢。「もちろんだよ」とか「うん、そうだよ」とか、好き、という単語を使わずに返す。
これも場合によっては良いが、今は却下だ。第一もそうだが、まるではぐらかされているような気分にさせる可能性がある。
第三の選択肢。素直に「好きだよ」と返す。
彼女の性格を考えるに、シンプルだが一番良い気がする。真面目に、誠意をもって返すのが良さそうだ。
第四の選択肢。恋人繋ぎをしたりキスをしたりして「好きじゃなきゃこんなことしないよ」と返す。
これも場合によるか。少し茶目っ気が入るような気がするから、彼女が本当に不安になって聞いていた場合は悪手だろう。
「俺は君のことが本当に好きだよ、ハルカ」
よって、奏翔がとった行動は第三、第四の選択肢を組み合わせたものだ。
手を恋人繋ぎに組み替えて、彼女の目を見て好意を伝える。
奏翔の思う最善がこれだった。
考えた時間も僅かだ。これなら格好付けようと考えた時間だ、と捉えてくれるだろう。
案の定ハルカはその回答に満足したのか、
「ふふ、そうだよね! ありがとう、私も奏翔君のこと、大好きだよ!」
満面の笑みでそう返す。
安堵して、奏翔は「ありがとう」と返して歩き出した。
デートはこれで終わりではない、ショッピングを楽しむまでのプランだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎて行くと言うが、考え続けて会話を繰り返していると、ふと、外の景色が茜色に染まっていることに気が付いた。
「もうこんな時間かー、楽しいからあっという間だったね。そろそろ帰ろっか?」
「そうだね! あ、最後にあの雑貨屋さんだけ覗いていい?」
「うん、もちろん。見に行こう」
それから二人で店内を回って、可愛らしい意匠のアクセサリーを購入しショッピングモールから出た。
辺りはすっかり真っ暗だ。
「楽しかった〜、ありがとうね、奏翔君!」
「家の近くまで送るよ、ハルカ」
「悪いよ、それは……家、反対方向でしょ?」
ちら、と奏翔を見るハルカの目は申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちとが半々だろうか。
一人で帰すのが心配だから、と言えばおそらく怒ったフリをされるだろう。それも悪くはないが、デートは最後まで甘くしたい。
「それはそうだけど、ハルカともうちょっとだけ一緒に居たいなって……駄目かな?」
「もー、そうやって言われたら断れないじゃん! いいよ、一緒に帰ろっ」
「ありがとう」
にこりと笑い返し、奏翔はハルカの手を握った。もちろん恋人繋ぎで。
そのまま電車に乗り、ハルカの家の近くまで歩く。この道を曲がれば、彼女の家に着く。
「ここで大丈夫! 奏翔君、わざわざ送ってくれてありがとう」
「全然、気にしないでよ。俺が一緒に居たかっただけなんだからさ」
「……あの、さ」
「うん?」
「これ、受けとってほしい」
ハルカが差し出したのは、ショッピングモールのものと思しき紙袋。途中、奏翔の知らぬ間に増えていた荷物で、これに関してはハルカが持つと譲らなかったものだ。
「……ありがとう、嬉しい。中、見ていい?」
「い、家に帰ってから見て! ね!」
「はは、わかったよ。それじゃ、お礼に。ハルカ、手、出して」
「え? なに?」
はい、と奏翔が差し出したのは、手のひらサイズの箱だ。
「これ……開けてもいい?」
「俺も家に着いてから開けてほしいかな」
「すぐ着くけどね! ……ありがとう、奏翔君」
「うん。……それじゃ、お休み。バイバイ」
「お休み〜バイバイ!」
手を振り、奏翔は駅へと歩き出す。
その背中が消えるまで手を振り、ハルカは家へ入った。
母親の声を無視して自室に入り、メイクも服もそのままにベッドに倒れ込む。
「奏翔君何くれたんだろ〜?」
彼氏が一ヶ月記念にくれたものだ、気になって仕方ない。
いそいそと封を開けると、中には、花柄のハンカチが入っていた。
「かわいー! ……ん? なにか挟まって、」
そのハンカチが包んでいたのは、一枚のカードだった。
開くと、
『聞いたよ、荒木君と付き合い始めたんだって? おめでとう! これで俺たちはさよならだね。二股するのはおすすめしないよ、バレたら報復されるかも知れないし』
奏翔の筆跡で綴られた文が目に入って来た。
「……なんで、バレて……嘘でしょ!?」
慌てて奏翔に電話をかけるが繋がらない。連絡も、既読もつかない。
これで、楽しかったデートの終わりである。
——さて、奏翔は家に着くまでの一時間、欠伸を噛み殺していた。
家に着き、上着を脱いで手を洗ったら自室へ。荷物を置いて、帰り際にハルカに渡された紙袋を開ける。
「……やっぱそうか、あいつ」
入っていたのは、薔薇の花束だ。
数は二十。
本来なら喜ぶところだろうが、奏翔はそれを掴んで即ゴミ箱に押し込んだ。
「花言葉も知らないと思ってるのか、あの馬鹿は。……とっくに気付いてんだよ、俺は」
深くため息を吐いて、奏翔はベッドに座り込んだ。酷く疲れた心地がする。
ハルカの方から告白してきて、なんとなく断った方が面倒だと判断して受けたが、しかし。ここまで自意識過剰だとは思わなかった。
二股をかけたいのであれば、せめて、彼氏のSNSくらい把握しておくべきだ。
大抵、身近な人間にであれば、恋人ができたことを話してしまうだろうに。
「……茶番だったな、ほんとー」
二十本の薔薇の花束の意味は、私のひとひらの愛、だ。
つまり、お前への愛はひとひらだけだという皮肉でも込めたつもりだったのだろう。
だが、なんと愚かなことか。
「わかってたけど、今日までは幸せに終わらせるつもりだったんだけどな。俺は」
最後に楽しいデートを送ろうとしたのに。
思い通りにいかなかったことを悔やんでも仕方がない。
奏翔は諦めて立ち上がり、風呂に入って寝ることにした。
どうせ「ハルカ」という名前の漢字すら知らない相手だ。
奏翔にとっては、己に何を求めるのか、それだけが対人関係において重要なのである。
相手の姿なんて、声や言葉に埋もれて見えやしないのだから。
4/13/2025, 5:03:01 PM