るね

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また長いです。1,400字ほどです。
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【どこへ行こう】



 パン屋の息子が急に魔法の力に目覚めて火事から友人を助けた……それがすべての始まりだった。両親の店を継ぐ気でいた僕は、拉致されるように町から連れ出され、魔法学校に放り込まれた。ついでにいつの間にか貴族の養子にされていた。今の僕は伯爵家の子息らしい。

 魔法学校の生徒は貴族ばかりで、平民はほんの少ししかいなかった。でも、伯爵の養子である僕は彼らからも遠巻きにされて、仲の良い友達なんてできなかった。僕の魔力が飛び抜けて多く、魔法士として優秀だったから尚更だ。

 養父に無理を言って、長期休暇に一度生家のパン屋を訪ねた。両親も町の人たちも変わってしまった。僕を貴族として扱い、恐縮しながらぺこぺこと頭を下げた。ショックだった。泣きそうになりながら学校の寮に逃げ帰った。

 学校を卒業すると、僕には宮廷魔法士の地位が与えられた。国内に二人しかいない要職だ。本当に僕でいいのだろうか。
 王都を守るための結界を維持し、騎士団や他の魔法士たちの手に負えない事態になれば魔獣討伐の現場にも出る。城の片隅に部屋が用意されてそこで暮らした。

 ある日、僕の先輩の宮廷魔法士が怖いくらい真剣な顔をして僕の部屋にやってきた。そしていきなり物騒なことを聞いてきた。
「お前、人を殺したことはあるか」
「ありませんよ。なんですか、急に」

「戦争が始まる。宰相も他の大臣たちも止めたんだが、国王陛下は隣国の穀倉地帯を欲しがっている」
「それは……」
 間違いなく、僕たちは戦力として前線に出される。嫌だ。僕は元々なりたくてこんな立場になったわけじゃない。

 両親のパン屋に帰れなくなった時点で、僕にはこの国に対する思い入れも愛国心もなくなっていた。勝手に決められ、義務ばかり課せられ、誰も僕の意見なんて聞いてくれない。そんな状況で周りのために進んで何かをしてやろうなんて思えるものか。その上戦争だなんて、冗談じゃない。

 先輩が言った。
「俺と逃げないか」
「そんなの……無理ですよ」
 宮廷魔法士になった時に、国と契約を交わしている。この国のために力を使い、王には逆らわないという一方的で暴力的な契約だ。僕たちの体には契約紋が刻まれていて、許可なく王都を離れれば、首が絞まって息ができなくなるらしい。

「俺なら契約を解除できる」
「……本当に?」
「ああ。今まで隠していたけどな。どうする、俺と一緒に来るか?」
 僕ははっきりと頷いた。
「行きます!」

 僕の左の手の甲にあった契約紋を、先輩はあっさりと消してしまった。
 城には防御の結界があるけれど、自分たちで張っている結界だ。抜け出すのに支障は何もなかった。警備の騎士の目を盗んで、それが無理なら魔法で眠らせて、僕たちは城から抜け出した。

 王都から出るのは少し怖かった。契約が完全に切れていることを確認できた時には本当にホッとした。
 先輩が朗らかに笑って僕に聞く。
「これからどこへ行こう。お前はどこか行きたい場所があるか?」
「ええっと……海を見てみたいです」
 この国の南は海に面しているけれど、僕はまだ海を見たことがない。

「いいね。行こう」
「……行けますか?」
「行けるだろう。俺たちはもう自由だ。俺がお前を海まで案内してやるよ」
「でも。きっと、追手とか」
「俺たちは宮廷魔法士だったんだぞ? 個人としての戦力なら国内最大級だ。だから契約で縛られてたんだぜ」

 追手くらい追い払ってやると先輩が笑う。
「もう安心していい。だから、お前も笑えよ」
 僕は自分がもう何年もちゃんと笑っていなかったことに、やっと気付いた。




4/23/2025, 10:15:23 PM