今夜にはあなたが来ると聞いていたから、久方ぶりに髪を整え紅を差した。まだ日も高いうちに座敷に膳を並べ、蔵からとっておきの佳い酒も出してきたというのに。
夕闇に鴉の鳴き声が溶けだす頃に汗だくで走ってきた伝令は、山向こうの戦況を伝え切ったあとそのまま泡を吹いて倒れてしまった。
もう、この山城にあなたが戻ることはない。夜明けには将の首を掲げた悪鬼どもが、黒い波となって押し寄せることだろう。
そして全てを失うことよりも、久々に上手く仕上がった煮物を誰にも味わってもらえないことが惜しい。人生の最後に思い残すのがこんなささやかな不満だなんて、なんだかやるせない。
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やるせない気持ち
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所感:
ちいさな事柄のほうが、もっと気にかかる。
8/25/2024, 5:05:33 PM