薄墨

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びっしりと星のひしめく空を見上げる。
そっとため息が出る。

ため息が出たら、なんだか肌寒い気がして、コンビニで買ったコーヒーに口をつける。
おっかなびっくりカップを傾けて、ホットコーヒーを口に含む。
熱い。
苦い。

コンビニのホットドリンクの、プラスチックの蓋は、ちょっと怖い。
保温性抜群なのに飲み口が小さすぎる。
しっかり傾けないと飲めないし。
猫舌子ども舌の私には、ちょっと理不尽なギャンブル性が高いカップだ。

でも、今はそのハラハラ感がかえってありがたい。
コーヒーを飲むためにプラスチック蓋に頭を悩ませている間は、難しいことを考えなくて済むから。

今日は月が出ていない。
ただ、夜空をびっしりと埋め尽くす無数の星明かりが、足元を照らしている。
白い花すら、ほのかに光って見える。

静かな星明かりの下を、歩く。
コーヒーカップを傾けて、慎重にコーヒーを口に含みながら。
いつもなら、こんな時間に出歩いたりしない。
でも今日は、今日だけは散歩がしたい、と思ったのだ。

ミスを重ねてしまった週の終わりが、飲み会だった。
上司はみんな優しくて、しっかりした職場だから、会はずっと楽しいまま、幕を閉じた。
嫌味も説教も何も言われなかった。
良い感じに酔いがまわるまで飲んで、話して。
ただ、楽しく喋って、楽しく帰ってきた。

そう。
楽しく帰ってきてしまった。
今週、私はダメダメだったのに。

一人で歩いている間に、モヤモヤしてしまったのだ。
思ってしまった。
こんな、ダメな、やるべきこともできていない半人前の私の週末が、こんなに楽しく、穏やかなものであっていいのだろうか、と。

直属の上司からお説教の一つ、苦言の一つ受けるのが、今週絶不調だった私の勤めではないのだろうか。

職場に不満があるわけじゃない。
上司に不満があるわけではない。
ミスをきちんと指摘して、きちんと対処法を教えてくれて、一緒に謝ってくれる。
むしろありがたいくらい。

だからこそ、ふと思ってしまう。
私はこのままここにいて、こんな心地良い環境にいて、いいのだろうか、と。

冷静に考えれば、この環境は、学生時代の私が、努力と思考と運で手に入れた環境だ。
だから、だから、その努力に報いるためにも、ここは私がいるべき場所。
いつもならそう思えるのだけど。

…ちょっと飲みすぎたようだ。
今日は後ろ向きな想像が、頭を埋め尽くしていた。

職場のために、私はここにいるべきではないとか。
私は生きていていいのかとか。
なんでこんな幸せを、苦労のない状況を、私なんかが享受しているのかとか。

真っ直ぐ家に帰ったら、そんな考えで腐ってしまいそうな気がした。
だから、散歩をすることにした。
星明かりで、頭を冷やすことにした。

コーヒーをゆっくり口に含む。
プラスチックの小さな飲み口から、口内に飛び込んだコーヒーは、まだ熱い。

空を見上げる。
びっしりと星がひしめいている。
あんなにたくさんあるのに、光量は大したことない。
ほのかな星明かりが、夜を照らしている。

コーヒーを一口飲みこむ。
ホッとする温かさと渋い苦味が、口の中いっぱいに広がった。

4/20/2025, 10:43:12 PM