香草

Open App

「sweet memories」

目が覚めると太陽はすでに見えない位置まで昇っていて黄色じみた光が窓から差し込んでいた。
いつもより寝覚めの悪い頭をぶら下げてトイレによろよろと駆け込む。
ここでもオレンジじみた照明に照らされながらぼんやりと昨日のことを思い出す。
「今日は華金だぞ!」という上司の鶴の一声で飲み会が決まった。一番若手だからとか言う令和にそぐわない理由で、強制的に店探しを頼まれて予約し、およそ10人ほどで宴会が始まった。最初は自部署だけの飲み会だと思っていたが、数人他部署の人も混じっていたらしい。私は飲みやすいとお勧めされて梅酒ばかり注文していた。
頭が痛い。正直何を話したのか覚えていない。
例の流行病で大学でもあまり飲み会をしてこなかったし、そもそもアルコールに強い遺伝子は組み込まれていない。

私は重たい頭を持ち上げてキッチンへ向かった。
血液が下に流れていって顔が冷たい。
500ミリの計量カップに水道を思いっきり捻って飲み干した。体がスポンジになったみたく、まだ喉が渇いた。私はもう一度500ミリを飲み干した。
ベッドに倒れ込み、目を閉じると脈拍のリズムに合わせて頭の中で誰かがデスドラムを演奏している。
気を逸らそうと昨日の続きを思い出す。
何を話したのかはさっぱり覚えていないが、これまでの人生であまり登場してこなかった飲み会だから新鮮で楽しかったのは覚えている。
そういえば隣の部署の若手くんも来ていたな。確か、同い年ということが発覚して驚いたのを覚えている。
新卒で入社した私と違って彼は中途採用で入社した。爽やかな雰囲気で、初めて見かけた時から仕事ができそうなオーラが漂っていて密かに憧れていたのだ。
お腹がぎゅるると鳴った。脳みそが糖分をご所望だと暴れている。

私はまたキッチンに行ってチョコレート、クッキー、マシュマロ、シュークリームを取ってきた。
まずはシュークリームにかぶりつく。ホイップのふわふわな口溶けととろけるような甘さが脳みそに染み渡る。デスドラムの演奏が少し弱くなった気がする。
次にチョコレート。先ほどのホイップでとろけてしまった舌がビターな口当たりで輪郭を取り戻す。じわじわと甘さが溶け出すとうっとりと口が動く。
そしてクッキー。サクと歯を立てるとほろっと口の中で崩れた。小麦の香りが鼻に抜けて砂糖の香りが口の中に充満する。
最後にマシュマロ。シュワっむちっと噛みちぎるとホイップのような、砂糖のような甘さが転がってくる。
脳みそではなく体に染み渡る甘さだ。
いつのまにかデスドラムは消えていた。
燃えるように喉が渇くのでまた500ミリを飲んだ。

窓から差し込む光がオレンジがかっている。
頭の神経がようやくつながってきた気がする。
私はようやくスマホという存在を思い出した。先輩からたくさん心配の連絡が来ている。
やはり昨日の私はベロベロに酔っ払っていたらしい。
早く返信しなきゃと画面をタップしようとしたとき、知らない名前を見つけた。
「無事に帰れた?同い年って知ってびっくりした笑
もっと2人で話したいんだけど、空いてる日ないかな?」
スマホが滑り落ちそうになる。なぜか慌てて画面を消す。お腹の底から頭のてっぺんまで嬉しさが込み上げてくる。たった一つのメッセージでスイーツを食べたときよりも脳みそが甘くとろけた。

5/3/2025, 8:29:17 AM