私には希里(きり)という幼馴染みがいる。幼稚園と小中学生まで同じだったけど、高校は別々の所に通っている。
私はその幼馴染みが大事で大好きだった。
親友だった。
あの時までは。
高校入学当時、私は希里が心配だった。
人見知りで臆病で、いつも私の後ろに隠れていた。そんな希里に友達が出来るか不安でいっぱいだった。
最初は希里から『友達が出来ないよ~!』と連絡が来て『大丈夫だよ!希里なら出来るって!』と返していた。
本当に心配しないといけないのは私の方だったのに。
私の夢は医者。小さい頃、人を助ける仕事がしたいと言うと母が「じゃあお医者さんはどうかな」と言ったのがきっかけだった。
勉強も苦ではなかったから、頑張った。
先生にも褒められるように、皆からも好かれるように努力した。お陰で成績はいつも良かった。
でも高校を入学して、本当に私のやりたい仕事が医者なのか曖昧になってきた。
医者になるためにこの高校に入ったのに、今更違う事をしたいなど言えるわけがない。でも、好きなことをやりたい。
「あのさ......私、医者になろうか迷ってるんだよね」
だから頑張った、なのに。
両親が始めて見せた、戸惑い、怒り、呆れ、恐怖、不安。
その全てをあの日、一瞬で感じとった。
「皆、おはよう」
一年後、私は別人のように変わった。何もかもを捨て、取り繕うようになった。
私は医者が夢。それは変わらなかった。
それで良かったのだと思う。
もう、あんな失望された顔を見たくはなかったから。
でも、皆と仲良くする私をよく思ってなかった人達は進級してから私の仮面を外そうと毎日机に花を置いてくれた。
「......できた」
私は机にある物を見てニヤニヤとする。時間の合間を縫って作った自作のロボット。私はこういう物を作るのが今、凄く楽しい。そう、学校に行くよりも。
「名前は......signpostからとってサンポちゃんにしよう。サンポちゃん」
「♪」
「ふふっ...」
「ご飯よ~降りておいで~」
私はサンポちゃんを誰にも見つからない戸棚の鍵付き引き出しにしまった。
こんな趣味を持っていると、母は勉強最優先だから仕舞っておくね、と言って全て没収されてしまう。それだけは嫌だったから隠した。
「うわぁ!!海だ!!」
高校二年生の夏。私は希里と海に来ていた。
希里は私にとって親友で、一番大切な人だから一緒に来られて嬉しかった。
楽しい時間はあっという間で、帰るのが凄く名残惜しいと思った。
私は、もっと希里と一緒に居たかった。
「希里、夕日見てから帰らない?」
希里は快く承諾してくれた。やっぱり私の親友。
私は希里と浜辺で話した。
そこで気がついた。
希里が明るい、と。
私じゃ届かないような明るい光のようだった。
光が私に当てられた時、眩しさで目を反らしてしまいそうだった。
その時私は、この光があるのに此処に私は必要なのかな、と本気で思ってしまった。
「サンポちゃーん......え...?サンポちゃん...?」
希里と海に行った数日後、サンポちゃんが引き出しから居なくなっていた。
「え、嘘...どこっ...?」
私が幾ら探してもサンポちゃんは部屋に居なかった。
そして、その後知った。
「そういえば、引き出しにあったよくわからない機械、捨てておいたわよ」
「え...?いつ...?」
「いつって...一週間前よ」
サンポちゃんが部屋から無くなった時期と同じだった。
「な、なんで......あれはっ...」
「だって勉強の邪魔でしょう?医者になるんだったら勉強以外は捨てないと。そうでしょう?」
「そん、な」
「大切な物だったの?だったらちゃんとした所に仕舞っておきなさいよね。捨てる時音が煩かったから次は静かな物にして頂戴」
そう言って母はリビングから去った。
私は玄関を飛び出した。
行き先は希里の家。私は希里に助けてほしかったんだと思う。希里なら、希里ならって。
でも見てしまった。キラキラと輝く希里を。友達と肩を並べて笑いながら歩く希里を。
希里は友達と別れてこちらへ向かってきた。
「あれ優雨(ゆう)?どうしたの?」
今希里が光なら、私はまるで影のようだ。
「優雨...?大丈夫?お腹痛いの?体調悪いの?」
この希里なりの優しさが痛い。
凄く薄っぺらくて、何もわかってないこの優しさがっ...!
「......何が大丈夫?だよ...」
「優雨?」
この時の私は完全にどうかしていた。
「なんで希里ばっかり私が欲しいものを持ってるのッ!!友達と肩なんか並べて楽しそ~に!!何が友達出来ないよ~だよッ!!ふざけてんの!?希里なんか私の後ろに隠れてるただのコミュ障のくせして!!」
私の口からは希里に対する暴言が溢れるように出てくる。
「可愛くもない格好なんかしちゃってさぁ!!男子に色目使って!!恥ずかしいとか思わないわけ!!?気持ち悪い!!テストが嫌とか小学生以下なの!!?私はずっと言えなかったのに!!!羨ましいとか簡単に言わないでよ!!!」
止めたくても止まらない。
「私は希里が羨ましいのに!!!何でも出来て!自由で!!友達もいる希里が!!」
邪魔なんだよ。邪魔っ......邪魔っ...邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔!!
「希里なんて!!」
なんで、私は光じゃないの?希里の方が影に近いのに。なんで希里の方が私より。
「__________!!!」
私ははぁ、はぁと息を荒くした。
希里の顔を睨もうと顔を上げるが、希里は私に背を向けて逃げるように家の中へ入った。
私も逃げるように家へ帰った。
その日以来、希里には会っていない。
連絡も取っていない。
私は叫んでいて気がついた。
私が、希里を下に見ていたことに。今までずっと、希里を心配するフリをして心の中では見下していたことに。
最低な私。
なんでこうなんだろう。
あの時衝動に駆られて、海の中に入っていった私を希里は止めたけど、私にはこの冷たい深い海の方が似合ってたんだよ。
本当に、羨ましがる理由が無いんだよ。
お題 「溢れる気持ち」
出演 優雨 希里
2/5/2024, 4:27:30 PM