百加

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胸の鼓動


 こういう時間を黄昏時っていうんだよね。
 助手席のドアガラス越しにぼんやり外を見ていたら、急に車の速度が落ちて体がシートに軽く押し付けられた。前を向くと赤く光るテールランプが高速道路の先の方まで詰まって続いている。
「渋滞にひっかかったなあ」
 彼はいつもより低い声で、ひとり言のように言った。
「早めに向こうを出たつもりだったけど甘かった。ちょっと夕飯遅くなるわ、ごめんな」
「いいよ、全然大丈夫」
 彼はちらりとこちらに視線を向けて、すぐにフロントガラスの方へ戻した。車のメーターは30km/hを示している。
 助手席からそっと彼の横顔を見る。渋滞嫌いな彼の口角は少し下がっている。
 でも、その横顔もやっぱり好きだ。つき合って二年ほど経つけどまだ慣れたとは思わない。胸の鼓動が速くなる。

「何見てんの?」
 どきん、心臓が跳ねる。でも見とれてたなんて言わない。
「別になーんにも」
 彼の口元が少し上がった。
「ふーん。寝てていいよ」
「ありがと、そうしようかな」

 あなたは私のこんな気持ちに気づいているのかな。私ばっかりみたいで、ちょっと悔しくなっちゃうんだけど。
 助手席のリクライニングを深く倒して、今度は斜め後ろから彼を見つめる。その首筋は日に灼けて少し赤くなっていた。
 私の情熱。
 そんな言葉が頭に浮かぶ。自分の中にこんな滾るような思いがあるなんて知らなかった。あなたといると私はどんどん知らない自分を見つけてしまう。

「お、渋滞脱けそうだぞ」
 彼が呟いて、車の速度が再び上がった。もうすっかり日は落ちてしまっている。夜を走る車の中で、私の体は火照って熱い。


#21

9/9/2023, 1:37:31 AM