鐘の音
鞄に忍ばせた銀色の輪っか。
それがきちんと納められているかを確認して、深く息を吸い込んだ。俺は今日、一世一代の大勝負に挑む。
一目惚れしてから交際に至るまで二年、付き合って三年。色んなことがこれまであったが、概ね円満に過ごせてきた筈だ。このまま穏やかな生活を続けるのも悪くないが、そろそろ次の段階へと進むべきだと考えたのだ。
勝算は大いにある、はず。
何度もシュミレーションを繰り返した。めちゃくちゃいい雰囲気を作って、タイミングを見計らって指輪を差し出す。決め台詞はもう決めてある。それをビシっとかっこよく、スマートに告げたら彼女は笑って受け取る。そうしたら愛しさを込めて抱きしめるのだ。我ながら完璧なプラン。惚れ惚れしてしまうような光景に、上がった口角を慌てて引き締めた。
危ない危ない、彼女にはクールなかっこいい彼氏だと思われていたいのだ。
「おまたせ〜」
待ち合わせの五分前。いつもよりおめかしした姿の彼女がちょこちょこと駆け寄る。淡い赤色のワンピースがひらめく。最高に可愛い。彼女お気に入りのしっぽのアクセサリーは今日は鞄につけられ、彼女の歩みに合わせてゆらゆら揺れていた。いつもと違うなかにいつも通りのそれをみつめてから、改めて彼女に向き合った。
事前に計画したデートプランは無事完遂。あとは折を見て指輪を渡すだけだ。不自然にならないように、会話の流れが向くのを虎視眈々と待つ。
不意に会話がとまり、彼女と目が合った。
今だ。俺は何度も脳内で練習した言葉を、彼女の目を見てしかと口に出すと共に指輪の入った箱を掲げた。
...全てを言い切っても彼女は目を見開き、幾度か瞬きをするばかりで互いに無言の空間がしばし続く。どもってしまったかもしれない、断られたらどうしよう、嫌な想像がぐるぐる巡ったが、それでも意地で目線は彼女から外さなかった。
引き伸ばされたように感じた沈黙の中で見つめ合うと、彼女はふっと花開くように破顔した。と、同時に肯定する言葉。
勝ったな。
瞬間、脳内に鳴り響くファンファーレ。
ウェディングドレス姿の彼女を抱き上げ、バージンロードを駆け抜ける光景が頭をよぎった。そして思い付く限りのこれ以上ないほどの幸福な二人のこれからの光景がひと通り脳内を駆け巡っていく。
万感の想いが胸に詰まって、いても立ってもいられなくなった。今ならなんだって出来る気がする。彼女を世界で一番幸せにして、どんな困難も二人なら何とかなりそうな甘い予感に思考がゆだりそうだった。
「しゅき...」
俺、幸せになります!!
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推しカプよ、幸せであれ。
8/5/2023, 9:20:03 PM