リル

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真夏の記憶

 私は初めてこんな衝撃的で恐ろしい真夏に出会った。
 美しく、そしてかっこよく、一人の人間の生き様を描いた物語。
 虚しくも温かい、人の心をくすぐるのが大好きな日本人はきっとさらに人々を魅了することだろう。物理的なものではない。感覚的な何かが私の心をくすぐった。
 国宝、まさに名前のとおりだ。感覚的な何かが人々の心を魅了する。私にとって、この物語は恐ろしかったのだ。どうやったらこんなものが一人の頭の中から出てくるのかと。
 感情以外にもきっと理由はある。モヤモヤした気持ち、やり遂げた時の達成感、全てが物語の最後にあった歌舞伎の踊りに反映されていた。大切なものを全て犠牲にして歌舞伎に投じた人生。私には理解ができなかった。いや、できるはずもない。これほどまでに嫌いで大好きなものに出会ったことがないからだ。
 憎しみが物語の最後の踊りの中にあった。自分自身への憎しみ、周りの人間への憎しみ。そして、ずっと求めていた景色を見たときの憎しみへの感謝。
 醜くあがき、意地悪く歌舞伎の世界で生き続けた。全てを乾いたスポンジのように吸収し、最後にようやく花開いた。
 きっと、実力主義の世界はこんな感じなのだろうと思う。どんなに悪く言われようと、意地悪く生きたからこその国宝だ。それゆえのあの独特な人間とは思えない美しさなのだろう。
 それが、私の見た真夏の記憶だ。


映画『国宝』 原作:吉田修一

8/13/2025, 1:30:23 AM