「さっさと帰れ」
師匠の見舞いに行くと、そんな言葉が飛んできた。
いつものように、眉間に皺を寄せて険しい顔しているのかと思えば、そうでもない。
咳き込んで辛そうだけど、どこか安らかな顔をしていた。
「なんだよ、せっかく見舞いに来たってのに」
「そんなもの頼んでない」
私は大人になった。結婚して子供も産まれた。なのに師匠とのこういうやりとりは相変わらずだ。
風邪をこじらせたと聞いた。でもそれだけじゃないのを私は知っている。
師匠は、昔から毒を呷っていた。直接問いただしたことはないけれど、ひょっとしたら私を拾う前からかもしれない。
毒の何が良いのかわからない。毒は体に毒だろうに。きっと師匠のことだから、罪悪感とかあるのだろうなとは推測できる。
それか、毒でも飲まないとやってられない……とか?
「また……呷ってたのか」
植物片を見つけた。師匠は黙っている。
もう既に体はぼろぼろだ。もしかしたら、心もずっと前から駄目なのかもしれない。
「馬鹿師匠……やっと死ねるって顔、するなってんだ」
私の好きな赤い瞳は、言葉とは裏腹に優しく、安らかに細められていた。
いやだよ、もっと一緒にいたいのに。
【安らかな瞳】
3/14/2024, 12:17:23 PM