・本気の恋
小さい頃から、叶わない恋ばかりしていた。最初は保育園の先生に。次はアニメキャラに。同姓の親友を好きになったこともあったし、俳優を好きになったこともあった。偽物の恋、なんて言うつもりはないけど、それはとても、虚しかった。
…それもあの日、キミに出会うまでのこと。キミは知らないでしょう。私が、遅くまで学校に残っている理由。本が好きなわけでもないのに、図書委員に立候補した理由。
それは図書室の窓から、グラウンドが見えるから。サッカー部の練習が見えるから。もっといえば、キミが見えるから。
恋は苦しい、なんて言うけれど、こんなに楽しい体験を、私は知らない。
キミのことを考えるだけで、幸せな気持ちになる。いつか、どこかのタイミングで、キミが私に気づいてくれたらいい。それまで誰にも、この気持ちは話さない。だって、初めての本気の恋だから。
ふわふわした気分のまま、私は図書室を後にする。
グラウンドからはまだ、キミの声。
帰宅ラッシュにも関わらず、駅にはまばらな人影しかなかった。たぶん、ちょうど今、前の電車が発車したばかりなんだろう。
「うわー、間に合わなかった!」
バタバタ、誰かが階段を駆け上がってくる足音。誰か、なんて白々しい。声でわかる。キミだった。
どうしよう。気づかないふりをして、スマホを見ているのがいいか。今気づきました、って顔をして、軽く笑いかけてみるのがいいか。お疲れ様、はハードルが高い。
キミの年季の入ったスニーカーが視界に入る。そして…私は見たくないものも見てしまった。
キミのスニーカーよりずっと小さい、ローファー。レースがあしらわれた靴下から伸びるのは、細くて白い足。
頭は見るなと警鐘を鳴らすのに、私の視線は上へとスライドする。
そこには、仲良さそうに手を繋ぐ、キミと親友の姿があった。
私に気づいた親友が、無邪気に手を振ってくる。笑みを浮かべて手を振りかえしながら、私は思った。
これは、本気の恋じゃない。
だって大好きな人だから。応援するよ、と、心の中でつぶやいた。
9/12/2023, 11:00:31 PM