秋埜

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 夜闇を飛び交う光の中からひとすじ、すいとさ迷い出てきたと思えば、燐光は酒盃の上に降りた。向かいに座った彼は闖入者を追い払うでもなく、酒を満たした瑠璃の器がほのかに妖しく光るのを眺めている。
「おや。どうやら酒の味が分かるらしい。それとも澤の水が余程苦いのか」
 戯れ言を、と思ったものだが、彼が盃を手に取ると光は飛び立っていき、尾を引くのがどうにもふらふらと酔っ払いめいている。本当に飲んだのだろうか。
「本当だとも。ごらん、酒代まで払っていった」
 見れば螢は飛び去ったにも関わらず、淡い光は未だ酒の上で揺れている。止める間もなく、彼はそれを酒と一緒に飲み干してしまった。
「泣かぬ螢が身を焦がす、か。なるほど熱い」
 酒豪が、らしくもなく白皙を朱に染めている。こちらの視線に返す笑みがやけに艶かしい。
 目を逸らして澤を見やれば、螢はみな相方を得たらしく、飛び交うのをやめて水際の草のあちこちで命を燃やしていた。ただひとすじ、酔螢だけが相手を得られずにふらりふらりと闇の中をさ迷っている。
 ああ、お前、届ける相手を間違えたねえ。
 

4/15/2023, 1:05:13 PM