「そして二人は幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」
楽しそうに笑い合う二人の姿を遠くに見ながら呟いた。
とてもお似合いの二人だ。一緒にいるのが申し訳なくなるくらいに。
小さく息を吐いて、二人に背を向ける。約束を破ってしまうことになるが、急に予定ができてしまったとでも言えば、深くは追及されないだろう。本音では、ずっと三人でいたいと思っている。けれど、それは自分のわがままでしかないことも理解していた。
じわりと目元が熱くなるのを、歯を食いしばって耐える。自分が決めたことで泣きたくなどなかった。
「よしよし。頑張りましたね」
甘やかされて、じわりと涙が込み上げる。
泣きたくない。そうは思っても、優しく降る言葉たちが簡単に自分の中の強がりを解かしてしまう。
「頑張ったのだから、存分に泣きなさい。ここには私しかいないのですから、気にする必要はありません」
「でも……だって……」
「ほら、泣いているところを隠してあげましょう。これなら誰にも見られませんよ」
ぐるりと巻きつかれ、辺りが暗く、何も見えなくなっていく。
暗闇と、抱きついた場所から伝わる白蛇の冷えた体の感覚に、小さく息を吐いた。吐息と一緒に、堪えていた涙も溢れてしまう。
「ふ……っく……」
「いい子ですね。たくさん泣いて、また明日から頑張りましょう」
白蛇の穏やかな声が痛くて、次々と涙が溢れて止められなくなる。
しゃくりあげながら、さらに強く抱きつく。
泣きたくはなかった。けれど白蛇が泣けと言ったのだから、仕方なく泣いている。
誰にでもなく言い訳を繰り返し、ひたすらに声を上げて泣いていた。
柔らかな朝の日差しに目が覚めた。
いつの間に眠ってしまったのだろうか。まだぼんやりとする頭でそんなことを考えながら体を起こす。
いつもと変わらない自分の部屋。けれどどこか落ち着かない感じがするのは、これからこの家の家主は自分になるからだろうか。
祖母が亡くなり、この家の全てを継ぐと親戚たちに宣言した。誰もが顔を顰め、快く思ってはいないようではあったが何も言わなかった。皆この家に欲しいものはいくつかあっても、全てを継ぎたくはないのは丸わかりだった。
「――頑張らないと」
覚悟を声に出して、ベッドから抜け出す。
身支度を整えながら、まずは朝食にしようと部屋を出た。
「呼び鈴?こんな朝から誰だろ」
朝食後、呼び鈴が鳴る音がして玄関に向かった。
首を傾げつつ戸を開ける。しかしそこにいた二人の姿に声にならない悲鳴を上げた。
「おはよう。昨日約束したのに来なかったから、心配で来てみたの」
笑顔を浮かべてはいるものの漂う空気の鋭さに、体が硬直する。
「とりあえず、ここから出ましょうか」
動けない自分に、彼女が手を伸ばす。けれど触れられる寸前、体が強く後ろに引かれた。
「あ……」
「おはようございます。どうぞお上がりください」
静かに白蛇が告げる。
途端に、二人の表情が険しくなった。恐ろしさに逃げ出したくなるものの、体が白蛇の尾が巻き付いている状態では、何もできない。
「――おい」
こちらを見据え、彼が呼びかける。低い声音に、反射的に体を震わせながら彼を見る。
「それを手放せと言ったはずだ。今すぐ荷物をまとめてここから出ろ」
「それは……」
「そうよ。この家を出て、私の所に来たらいい。蛇憑きになるのはやめなさい」
彼女の言いたいことは理解できる。
親族の誰もが、この家を継げない理由が白蛇にあるほど恐れられているのも知っている。
「ごめん……」
二人から目を逸らし、白蛇へと手を伸ばした。
全て理解して、それでも家を継ごうと思ったのだ。二人が知らない白蛇の優しさも悲しみも知っているから、側にいたいと強く願った。
それに、と昨日の二人の姿を思い出す。
離れた方が二人のためなのだろう。自分は二人にとって、ただの邪魔者でしかない。
早くに両親を亡くし、先日祖母を亡くした自分を、優しい二人は放っておけないだけなのだ。
「えっと、わたしは一人でも大丈夫だから……」
二人の顔が見れない。
擦り寄る白蛇の頭を撫でながら、二人が去っていくのを待った。
「なら、私がここに住むわ。それと一緒になんてさせられないもの」
「――え?」
思ってもいない彼女の言葉に、目を瞬いた。
どういうことだろうか。振り返ろうとした時、巻きついていた尾を剥がされ、暖かな腕に抱きしめられた。
「そうだな。それに関わって悲惨な末路を辿らせるくらいなら、一緒に住んで見張った方がいいだろう」
力強く頭を撫でられる。
何が起こっているのか。恐る恐る視線を向けると、どこか恐ろしさを感じさせる笑みを浮かべた二人と目が合った。
「ひっ……」
「どうしたの?心配しなくても、ちゃんと守ってあげるからね。それに好きなご飯、何でも作ってあげるから」
「こんな広いだけの家に一人でいるよりいいだろ」
自分を置いて、話が進んでいく。
困惑して、助けを求めるように白蛇に視線を向けた。静かな赤い瞳がゆるりと細まって、溜息を吐かれる。
「この子を寂しがらせるだけの貴方方を住まわせるのは、あまり好ましくはありません。ですが妥協致しましょう」
それはつまり、これからは二人も一緒に住むということが決定したということなのか。
「なんか含みはあるし、寂しがらせてるってとこに引っ掛かりはあるけど、まあいいか。準備をしないとね」
「物理的に離れてたから、そう感じさせてたんだろう。とりあえず最低限必要なものだけ持ってくるから、少し待ってろ」
呆然とする自分を置いて、二人は慌ただしく去っていく。
何が起こっているのだろう。この短時間の出来事が何一つ理解できない。
「そして三人と一匹はいつまでも幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。ということですよ」
それはハッピーエンドを迎えた物語の締めの言葉。
あの二人だけでなくて、自分と白蛇もそのめでたしに含まれるのか。
突然のことで実感が薄い。戸惑いながらも、白蛇に擦り寄る。
「よく、分からないけど……今まで皆に幸せをくれた分、ちゃんと幸せにするからね」
長い間、この家に幸せを与えてくれていた白蛇に告げる。
「はい。一緒に幸せになりましょうね」
嬉しそうな声音に、自然と笑みが浮かんだ。
「そこ!距離が近いから離れて」
「そ、そうかな……?」
「気にすんな。そう言って離れさせて、自分の側にいさせる気だろう」
ここ数日の似たようなやり取りに、密かに息を吐いた。
どうして二人は言い争っているのだろうか。この家に住むまではとても幸せそうに見えた二人だったというのに。
助けを求めて白蛇に視線を向けるが、穏やかにこちらを見るだけで助けてくれる様子はない。
めでたしで終わった先が、こんなにも賑やかだとは思わなかった。しかし戸惑いはあるものの、嫌な感じではない。
「こっちおいで。髪を結い直してあげるから」
「後でもいいだろ。それより、こっちのチョコも美味いぞ。ほら、口開けろ」
本当に賑やかだ。
年上だからなのか、前々から二人は何かと気にかけてくれていた。
前はそれが二人の負担になっているのではと怖かった。周囲から刺さる言葉が痛くて堪らなかった。
だからこの家を継ぐのを理由に二人から離れようとしたのに、今では二人の間にいるのが不思議で仕方ない。
最近はさらに過保護になった気がする。このままでは、一人で何もできなくなってしまいそうだ。そんな危機感を覚えるが、心のどこかではもう手遅れだと諦めてもいる。
仕方がない。何度目かの言い訳をしながら、おとなしく口を開ける。
ふわりと香るチョコの匂いと、口の中に広がる甘さ。
まるで、この二人のようだ。
どうやらハッピーエンドとは、胸焼けがしそうなほど甘いものらしかった。
20260329 『ハッピーエンド』
3/30/2026, 4:15:18 PM