towa_noburu

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「夏の気配」

虫達の話し合いが盛んになり始めたこの頃、日中と夜の温度差は激しさをますばかり。
庭の夏野菜達が勢いよく日光を奪い合う昼間と違って、夜は虫達以外は草花は眠っているのだろう。
涼やかな夜風に髪が遊ばれる。
私はスーパーから帰宅したばかりだ。「ただいま、スイカバーの素買ってきた」
庭で水やりをする弟が不満を露わにした。「スイカじゃないのかよ!姉ちゃん、スイカ買ってくるって言ったのに!」
「だって、去年より高かったんだもの。小玉スイカも高級品になってしまったの。かくなる上は、この夏はスイカバー作ってしのぐわよ。」
「嫌だーー!!俺、スイカがいい!!」
弟の絶叫をしりめに私は玄関のドアを開く。
開いて入る前に、一度振り返って弟に囁いた。
「花火も買ってきたよ。後でやろう」
「えぇ?!それを早く言えよ!姉ちゃんの馬鹿!」
弟は先ほどまでとはうってかわって、機嫌良く、ホースで水を撒き始めた。鼻歌でも歌いそうなホース捌きだ。
私は単純な弟に思わず笑みをこぼした。
夕飯後、私と弟は、ドラマをトドのように横たわって見ていた母さんを無理やり起こして外に出た。
「母さん、あのドラマの続きが見たいんだけど…」
母さんはしぶしぶ花火を取り出してチャッカマンで蝋燭に火をつけた。
「録画もしてるんでしょ。つべこべ言わない」
私は蝋燭に花火の先をつけながら、母に答える。
「花火!花火!俺、でっかいのがいい!」
弟は袋からいきなり一番でかい手持ち花火を取り出して嬉しそうに花火に火をつけた。
「…あんたって昔から好きなものは一番先よね」
「当たり前じゃん!後にとっておいて何かいい事あんの?」
「母さん眠い…」
欠伸をする母さんを挟んで私と弟は言い合いをした。

夜に咲く色とりどりのの光の華。光の粒が落ちて流れ流動するその様が私は好きだ。
思わず時間を忘れて、ただ燃えては消える炎の花びらを眺めていられる。
沢山あった花火はあっという間に残り一種類となった。
「「しめは線香花火でしょ」」
私と弟の声が重なる。
「あんた達本当に仲良いわね」
母さんが目をこすりながら優しく笑った。

明日は何をしようか。素敵な夏になると良いな。そうだ、スイカバー作ろう。冷蔵庫整理しなきゃ。
私は毎年夏の始まりに願掛けをする。
今年は線香花火に願いを託した。
ゆっくりと形を変えて散り菊となる光の粒を
虫達は噂話をしながら見ている事だろう。
私と弟は、夜風に身を委ね、さざめき合う彼らの美しい声に耳を傾けた。



6/28/2025, 11:06:21 AM