Yuno*

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【目が覚めると】

折角の休みだというのに、目が覚めるとまだ午前六時半だった。
俺の普段の休日の起床時間からすると、とんでもなく早い時間。
やっぱり自分の部屋と枕でないと眠りが浅いのか、アラームなしで自然と目が開いた。

(あー……昨日はそのまま泊まったんだったか)

昨夜は珍しく飲み過ぎて、恋人のアパートに泊めてもらった事を思い出した。
改めて周りを見回せば、そこはシーツやカーテンこそ女性が好みそうな小花柄だが、部屋の主である彼女のイメージにはあまりそぐわないサッパリとした、やけにがらんとした部屋だ。普通三年以上同じ部屋に住んでいればもう少し物が増えていても良さそうなものだが、ミニテーブルにもドレッサーにもチェストの上にも何も無い。
ある物といえばドアフックに掛けてある、ハンガーに吊るされ整えられた俺のスーツくらいのものだった。

(まぁ汚ねえよりは断然良いが)

己の部屋の汚さを思い出しつつ棚上げし、俺はベッドから降りた。

部屋の主はとうに起きているらしく、ドアの向こうから物音が聞こえ、香ばしいコーヒーの香りが鼻をくすぐる。
欠伸をしながらダイニングに出て来た俺を、彼女の明るい声が迎えた。

「あ、おはよう。起きてくれて丁度良かった」
「……はよ。早いな」
「お腹減ってる? 大したものないけど」

(ちょっと何言ってるか分からない)

某芸人のネタ台詞が過る。
俺の普段の食生活と比べたら、眼前に広がる光景はさながら楽園だというのに。

「これ、みんな今作ったのか?」
「作ったって程のものじゃないよ。中途半端に残ってた野菜をトマトの水煮と一緒に煮込んで、あとは卵焼いただけ。惣菜だって使ってるし」

既にテーブルの上にはミネストローネの入った深皿、ソーセージとポテトサラダを添えてスクランブルエッグを乗せた皿が並び、少々年季の入ったオーブントースターの中ではトーストがこんがり焼き上がろうとしている。
それを見た途端、俺の腹はぐうっと鳴った。

「アンタ、いつもこんな朝飯食ってんだ?」

俺はほとんど自炊しないから、凄ぇな、と素直に思ったのだが。当の彼女は笑みを浮かべながら、小さく首を振った。

「ううん、1人の時なんて適当だよ。でも抜く事はないかな、朝はしっかり食べた方がいいし。それに今日は二人だから」

その言葉に俺は驚き、エプロンを外している彼女をまじまじと見詰めてしまった。

(それ、要は俺の為って事じゃねえか……)

そして、ふと俺は数年後の彼女を妄想する。
元々料理スキルは合格点―――なんて言うと偉そうだが、彼女が今まで振る舞ってくれた料理で俺の口に合わなかったものは一つもなかったのは事実だ。

ベタだが、真っ白いエプロンを着けて朝からまな板トントントン、とか。で、味噌汁の匂いが漂ってたりして……そうなると、いっそ割烹着姿なんかも良いかもな。楚々とした彼女には、和のテイストもなかなか似合いそうだ。妄想が止まらない。

「ねえ、どうかした?」

訝し気な彼女の声で我に返った。

「ん?」
「あ……ちょっと作り過ぎちゃったかな。もしかして量、多かった? 昨日のお酒抜けてないとか」
「大丈夫」
「そう、良かった。ぼんやりしてたし、何となく朝弱そうな感じに見えて」
「本当に大丈夫。まあ何だ、新婚家庭の朝ってこんな感じかもなって」
「え……?」

(あ、まだ付き合ってそんなに経ってねえのにこんな話、引かれたか?)

しまった、と思いつつ彼女がどういうリアクションを返してくるかと、俺はこっそり身構えた。

「私……新婚家庭ってよく知らないんだけど、こういうものなの?」

(あ? そこに反応すんのか)

ドン引かれるよりは良いが身構えた分、脱力感が半端ない。

「俺も知らね。一般的なイメージとして?」
「イメージ……」
「俺だって独身だろうが」
「バツ付いてても、今結婚してなきゃ独身だもの」

彼女はほんの少しだけ疑わし気に、ふふ、と含みのある笑みを浮かべる。

「あ? そんな訳ねえだろ」
「冗談よ。動揺し過ぎ!」

今度は邪気なく笑った彼女にホッとしつつ、雲行きがまた怪しくならないように俺は話題を朝食に戻す。

「あ~、食おうぜ! 飯冷めちまうし、俺腹減った」
「そうだね、食べよう」
「美味そう。――頂きます」

料理を見ながら首をひねり、イメージか……とまだ引きずり気味の彼女の呟きを遮り、俺は無理矢理話を切り上げた。

(まだ気にしてたのか……つか献立の話じゃねえよ)

バツ付き云々は本当に冗談だったようだ。

その後しばらく俺は、バターを塗ったトーストにスクランブルエッグを乗せ朝食を平らげる事に集中していたが、途中で彼女が何かに気付いたのか「あっ……」と小さく息を呑んで、俺を見ながらくすぐったそうに笑った。


(今やっと、俺との将来想像してくれた……んだよな?)


7/11/2023, 5:48:19 AM