白玖

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[風に乗って]

「……元気にしてるかな、お兄さんは」
私がお兄さんの部屋を出てもうすぐ半年。季節はお兄さんと過ごしたあの春から2つ目の季節を迎えてる。秋口の涼しい風が肌に心地良い。
お兄さんと一緒に過ごした一ヶ月はとても楽しかった、それこそ私の人生の中で一番楽しかったって言ってもいいくらいにはお兄さんとの生活は居心地が良かった。最初不安が無かったと言えば嘘になる。初めての家出で、助けてくれたとはいえ見ず知らずの男の人の家に行くだなんて襲われでもしたら、なんて女の子ならそんな考えの一つ二つ考えてしまうものだしね。
でもお兄さんはずっと優しかった。家での理由も聞かずテレビを見せてくれたし一緒に話もしてくれた、ベッドだって一つしかなかったのに譲ってくれた、朝も忙しかったのにご飯まで作ってくれた、帰る前にシャワーも貸してくれた。
優しすぎて逆に胡散臭かったりもしたけど、お兄さんはただ優しいだけだった。

パンッと小気味良い音が満天の下に響く。打たれた頬がじくじくと痛んで熱を持っていく。お兄さんの態度に絆されて帰ってきたことを一瞬で後悔した。このビンタが私を心配した愛情からくるものだったら私だって家出したことを一瞬でも後悔出来たのかな、なんて外で怒鳴り散らす父親を黙って睨むとまた打たれた。娘にDVしたいだけのクズのくせに。
「あ、ははは……。昨日ちゃんと帰ったんだけどね、また出てきちゃった」
殴られた跡を見てからお兄さんは家に帰ろと言わなくなって、私も私でお兄さんに甘える形でダラダラと同居生活を続けてたある深夜。
「魘されてるね、大丈夫かな……っ、お兄さん気が付いた?」
「………、…」
「どうしよう、やっぱり起こしたほうがいいかな」
「……き、だ」
「なに、お兄さん」
「おれも…きみが、…すき、だよ」
「っっ!!」

あの言葉を聞いて潮時だと思った。お兄さんの人生で偶然ほんの一瞬交わっただけの私がお兄さんとこれからも一緒にいていい筈がない。
だからあの日私はお兄さんが仕事に行ってる間に何かあった時用に取っておいた少額を下ろしてお兄さんが買ってくれたものを全部バッグに突っ込んで逃げるように家を出た。勝手に家を出たから怒ってるかな、きっと怒ってるよね。
送るつもりもないくせに書いた手紙を破ると何の偶然か一際強い風が吹いていくつかの便箋の欠片が窓から風に乗って飛んでいく。
いっそこの想いごとお兄さんのところまで届けてくれたらいいのに。

『お兄さん、会いたいよ』


※[刹那(23/04/28)]のアンサーです。刹那テーマの方を読んで頂くと物語の流れが分かり易いと思われます。全容を知りたい方は是非そちらも合わせてお楽しみ頂けると幸いです。

4/29/2023, 11:17:51 AM