カミハテ

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好きな色

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「中1の頃のまこと、すごかったもんね」

さきがまことに向かって言った。

「あー、まあね」

まことは苦笑まじりに答えた。

さきとは小1からの仲だ。

普通褒められたら謙遜しがちだが、
さきとの間ではそんな気を使う必要は全くない。

だから認めた。

まことは苦笑まじりに答えたものの、
嫌な話だから苦笑したわけではない。

中1の頃の自分自身が羨ましくて、
思わず感情が顔に出たのだ。

それを察しているさきは、話を続けた。

「5分でも空き時間があったらワーク開いてたよね。
ビビるくらい質問もたくさんしてたし」

「まあね。」



中1の頃の情熱が羨ましい。

なぜあんなに頑張れていたんだろうか。


 

小学生の頃は、勉強の仕方がめっきり分からなくて、
勉強したいのにできない!って気持ちだった。

それが、中学になって塾に入ると状況が一変する。
効率の良い勉強の仕方が分かり、
それまでしたくても上手くいかなかった勉強が
上手くいくようになった。

ずっとエサの前で「待て」されていた犬が、
「よし」されたような感覚だった。
そうして、まことは勉強にのめり込んでいったのだ。

だけど、何事もそのうち、必ず飽きは来るものだ。

自主的にかかさずしていた予習復習も徐々にしなくなり、
塾の宿題さえも遅れがちになっていった。

そして、受験生である今、
まさに勉強の情熱がほしいのに、
カラカラの状態だ。

情熱は、中1の頃に使い果たしてしまったようだった。

まるで最初に飛ばしすぎてガス欠になってしまった車のようだ。

さきが唐突に話し始めた。


「私が中学受験したときさ、
絶対同じ中学に合格しようって言い合ってた友達がいたんだよね。
りこちゃんって名前なんだけど。
その子もまことみたいに暇さえあれば勉強頑張ってたんだよ。
小6でそれができるってすごいよね」


急に中学受験の話をして、
一体何を伝えたいんだろうと不思議に思う。



さきは私立の中学受験をしたが、
今はまことと同じ、市立の中学に通っている。

「最初は私の方が断然点取れてたの。
私、点取れてるからいいやって全然勉強しなかったんだ。
それで、夏になってからのりこちゃんの伸びがすごくて。」

今さきは中3だ。

さきがしているのは小6のときの話だから、
約3年前の出来事だ。

そこまでいうほど昔の話ではない。

もしまことがさきの立場なら思い出すだけで苦しい話だ。

しかし、さきはそうは微塵も思わせない話し方だった。

淡々と話す。

「まことが勉強してる姿が、
りこちゃんに重なって見えたの。
あぁ、この子はきっと伸びるんだろうなと思ったよ」

さきはまことの目をまっすぐ見て言った。

「へえ。そうなんだ。ありがとね。」

確かに、中1の1年間の成績の伸びは我ながら凄まじかった。

最初の定期テストの順位は中の下くらいだったのに、
その次のテストでは見事1位に躍り出たのだ。

努力すればするほど上へ上がれる。
上へ上がれば上がるほど皆に頭が良いと褒められる。

それが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

勉強が大好きだった。

そうして、1年のうち最初の一回をのぞいて、
それ以外の全ての定期テストで学年1位をとり続けた。



当然だが、一番上に行くと、それより上がない。

目指すものがない。

ずっと学年1位をとり続けていたまことは、
だんだん勉強の情熱が冷めていった。

そのかわりに、どんどん下が追い上げてきて、
自分との差が縮まるばかりだった。

その追い上げに焦り、
1位で居続けることのプレッシャーに押しつぶされそうになっていった。

そして、情熱ではなく不安に突き動かされ勉強するようになった。

2位が一番楽だと何度思ったことか。



その頃からだろうか。

勉強が嫌いになってしまったのは。。。



「どんなに好きなものでも、
必ず好きから外れる瞬間が来るんだよね。。。」

「その通りだね。
あー、でも私、犬は小さい時から好きだよ。」

「いいな、そういうものがあるの」

「えー、まこともなんかあるでしょ。
例えば、、、、あ!青色とか!
結構前から好きじゃない?」

まことは気まずそうに口を開ける。

「それが、、、最近好きじゃなくなってきちゃって。
飽きちゃったのかな。
小物とか選ぶ時、前までは絶対青だったけど、
最近は逆にピンクとか選んでてさ」

「えー!
あの前世は海で来世は空ですかってほどに、
狂おしく青好きなまことさんがピンクゥゥ!?」

盛大に貶している気がするが、気づかないふりをした。

「そ。」

「ちょっとちょっとここは突っ込んでよぉー!」

2人は大きく笑い合った。

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「ねえ、あそこじゃない?ペットコーナー。」

「ああ、ほんとだ」

まことと母は百均にいた。

飼い犬のリードが壊れたので買いにきたのだ。

2人はペットコーナーに向かう。

「青と茶色があるね。
まことはどっちがいい?」

「、、、どっちでも。
お母さんが好きな方でいいよ。」

「え?そう?
まことなら絶対青選ぶと思ったんだけど。」

母は少し不思議そうな顔をまことへ向けたが、
すぐにリードの方へ顔を戻してしまった。

母がリードを選んでいる間、まことはその辺をうろちょろしていた。



と、1つのマグカップが目にとまる。

目を見張った。

「、、、綺麗、、、。」

久しぶりに物を綺麗だと思った気がした。

マグカップを手に取ってみる。

猫のシルエットを指でなぞってみる。

ざらざらとしていた。



色は、
青色だった。

深みがあって本当に綺麗な青色。

人生で見てきた色の中で、一番美しいと感じた。

そして、青色に感動している自分に驚く。

青は好きじゃなくなったんじゃ、、、?



まことは呟く。

「いや、違うか。」




まことは今までの色に対する認識が間違っていることに気づいた。

おそらく、色に好き嫌いなんてないんだ。

青が好きと言っても、
好きな青色とそうでない青色とあるし、
見た場所、時間、誰と一緒に見たかによっても綺麗と感じるかどうか変わる。

だから、簡単にこの色が好きとか嫌いとか言えないんだ。

その時見たその色が、綺麗だと思うか否か。

ただそれだけ。

シンプルな仕組みだ。


しばらく見とれていたが、まことははっとする。

このマグカップ、お母さんに頼んで買ってもらおう。

まことはマグカップを持って急いで母のもとへ向かう。

一応お店の中なので走らないけど、
ほぼ小走りになっている。

早く行かねば。

母が会計を済ませてしまう前に間に合うと良いけど。

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その日の夜。

お風呂上がりのまことは、
ほくほく顔で例のマグカップに牛乳を注いでいた。

まことは改めてうっとりとマグカップを見つめる。

「やっぱこの青、いつ見ても良い色。」

まことは嬉しそうに牛乳を飲んだ。





6/21/2024, 2:53:32 PM