【桜散る】
重たい曇天から打ちつける雨が、満開に咲き誇る桜の花を散らしていく。道行く人々が残念そうに息を漏らすのを聞きながら、僕はビニール傘の向こうにべったりと貼りついた薄紅色の花びらを見上げた。
「何でそんな憂鬱そうな顔してるの?」
不思議そうに首を傾げた君が、僕の横でくるりと自身の差した空色の傘を回す。その足取りは、天候に似合わず軽やかだ。まるで君の周りにだけ、晴れた青空が覗いているかのように。
「もったいないなって思ってさ。せっかく咲いたのに、雨なんかで散っちゃって」
溜息混じりに応えれば、君は不意に足を止めた。傘を少しだけ持ち上げて、雨に打たれる花々を瞳を細めて眺める。
「でも、私は好きだなぁ。だってさ、雨が頑張ったねって言って、桜の花を包み込んであげてるみたいじゃない?」
その横顔に浮かんだ笑みの朗らかさに、息が止まるかと思った。天からこぼれ落ちる雨粒が君の笑顔を、満開の桜の花びらを、美しく飾り立てる。
――ああ。いつだって君の語る世界は、どうしようもなく優しく鮮やかだ。君の隣に立っていると、つられたように僕の世界までキラキラと輝いていく。
「……そうだね。桜雨も悪くない」
微笑んでくるりと、僕も自分の傘を回す。ビニール傘の向こうには、桜の花びらが雨の雫に包まれて、柔らかく透けていた。
4/17/2023, 12:44:09 PM