いろ

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【落下】

 重力に従って、体が落ちていく。魔獣を崖下へと突き落とそうとしてうっかり自分も足を踏み外した、ただそれだけのこと。黄金色の満月が目の前に浮かんでいて、思わず手を伸ばした。
 このまま地面に叩きつけられたら、普通はさすがに死ぬのだろうか。親指と人差し指の間に収まった月を眺めながら他人事のように考えたとき、突風が僕を押し上げた。
 ぐしゃりと、魔獣の肉が潰れる音が遥か下から聞こえる。一方で僕は風に運ばれて崖の上へ。
「ほんっとにバカ……!」
 真っ青な顔をした君が、僕の体を抱きしめる。その力強さに思わず笑い声が漏れていた。
「そんなに心配しなくても、この程度じゃ死なないよ」
 わざわざ風の魔法を使ってまで、『不死者』の僕を助けなくても良かったのに。首が落ちても臓腑が潰れても、僕は死ぬことなんてできないんだから。
「死ななくても私がイヤなの。わかってよ!」
 怒鳴るような声なのに、語気が僅かに震えていた。あまりに理不尽すぎて、さらに笑いが込み上げる。わからないよ、そんなの。だってみんな僕のこと、自動修復機能のある盾くらいにしか思ってないのに。……ああ、だけど君だけは出会った時から違ったっけ。
 優しくて、正しくて、美しい女の子。生まれて初めて、君のためならこの身を投げ出しても良いかなと思えたのに、世界でただ一人君だけが僕のその行為を許さない。
 僕を抱きしめる君の温もりに身をゆだねる。君を守れるなら、僕はあのまま落ちてしまっても良かったんだよ。そんなことを言えば君が怒り狂うのがわかっているから、そんな本音は飲み込んで「ごめんね」と優しく囁いた。

6/19/2023, 1:07:28 AM