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きっと忘れることはできない

あの夏

僕と妹と父さんと母さんで
キャンプに出かけた

森の中のキャンプ場に着くと
渓谷からの水の音が

サアーッと聞こえる

僕と妹は浮き輪を準備する

その傍らで父さんと母さんは
テントを設置する

かごと網はどこだっけー と妹

まだ車にあるよ と父さん

僕は浮き輪を膨らませると
車に戻って虫かごと網を探した

あった と 振り返ると

気が付かない間に

もう一台の車が僕らの車のすぐ近くで
停まっていた

お姉さんが1人で車から降りて
黙々とテントを張っている

その日はカラスアゲハを取り損ねたけど
サワガニを妹と一緒に取った

夜ご飯のカレーはとても美味しかった

お姉さんのことは忘れていた

翌朝 まだ暗いうちに目が覚めた僕は
テントから出て身震いをした

初夏だというのに

寒いのだ

隣を見やるとお姉さんの居るテントだ



ファスナーを開けてお姉さんがテントから顔を出した

僕と目が合った

とても綺麗な薄茶色の澄んだ瞳だ


おはよう ぼく とお姉さんが言う

おはようございます と僕は挨拶した

寒いね 初夏なのに とお姉さん

僕は頷いた

こっち と
お姉さんが手招きするので

なんですか と僕が聞くと

あったかいもの用意するからおいで
まだ4:30だよ とお姉さんは笑った

小さな折り畳み椅子を広げて用意してくれた

薄いブランケットを纏ったままお姉さんは外に出て
テーブルにカセットコンロを用意すると
火をつけて牛乳を温め
蜂蜜を入れてかき回すとステンレスのコップに
注いで ちょっと熱いよ と言いながら
僕に勧めてくれた

ありがとうございます

と僕はテーブルに置かれたコップを眺めた

お姉さんがもう一つのコップに蜂蜜ホットミルクを
注いで少しふうふうしながら飲んだ

あっつい

お姉さんはそう言うと
自分のブランケットを僕に巻き付けるようにして
僕の身体を温めてくれた

僕がお礼を言うと
お姉さんは

ぼくが風邪ひいちゃったら
お父さんとお母さんに悪いでしょ?と言った

少し冷めた蜂蜜ホットミルクを
ちびちびと飲んだ

甘くてとても美味しい

お姉さん なんで1人でキャンプしてるんですか?

と僕が訊くと
お姉さんは

お友達いないもん

と言った

ぼく 私の友達になってくれる?


お姉さんは言い
少し寂しそうに笑った

おい と
父さんの声が聞こえた

お邪魔してすみません と父さんが歩いて来て言うと

お姉さんは

いえ ちゃんとお礼も言えるし
とても良い子ですね

と僕を褒めた

お姉さんにブランケットを返すと

またね とお互いに手を振った

僕は時々
この日のことをふと思い出す

お姉さんに恋をしているのかもしれないと思ったのは
ずいぶん後になってからだった

あの夏のお姉さんの
寂しげな澄んだ瞳を

僕は忘れられない

7/30/2024, 11:04:30 AM