『Ring Ring...』『星のかけら』『未来への鍵』
俺の名前は五条英雄。
探偵だ。
町の一角に事務所を構え、街の人々から依頼を受けて活動している。
依頼はどれもこれも難事件ばかり――と言いたいところだが、依頼されるのはペット捜索や浮気調査しかない。
平和なのはいいことだが、俺にとっては退屈だ。
だが、それは仕事を怠ける言い訳にはならない。
依頼された仕事はこなすし、依頼人がやってくる事務所の内装には気を使っている。
とくに一押しなのが、まるで昭和からタイムスリップして来たかのような黒電話。
近所のリサイクルショップで見つけたものだ。
スマホが主流である令和に、あえて化石級の黒電話を置く。
これによって、事務所全体の雰囲気が落ち着き、さらに一周回ってオシャレになっている。
もちろん、この黒電話は使える。
自分で電話をかけて確かめたから間違いない。
Ring Ring... Ring Ring...
おっと、そんな事を言っている間に電話が鳴り始めた。
どうやら俺に助けて欲しい人間がいるようだ。
期待に応えるとしよう。
「はい、こちら五条探偵事務所。
ご依頼ですか?」
黒電話の受話器を取って口上を述べる。
この時のコツは、はっきりとゆっくり話す事。
自信に満ちた声は人を安心させる。
不安に苛まれる依頼者を、少しでも楽するためだ。
『あ、先生ですか?
私です、私』
だが俺の予想とは裏腹に、場違いなまでに明るい声が聞こえてきた。
追い詰められた人間の出す言葉じゃない。
というか、この砕けた口調。
ウチの事務所で雇っている俺の助手だ。
今日は休みのはずだが……
「助手よ、この電話に掛けてくるなと言っただろう。
お前が電話している時に、依頼人から電話が来たらどうする?」
『スマホにもかけたんですけど、取ってくれないじゃないですか』
スマホに着信がある事は知っていた。
しかし取らなかったのは、どうせ碌でもない用事だろうと思ったからだ。
だってこいつ、『暇だから』という理由で電話をかけてくるんだぞ。
相手してられるか!
『それに、依頼はいつもメールじゃないですか?
固定電話に掛かってきた所、見たことありませんよ』
「くっ、痛いとことを……
だが、今からかかって来る可能性まで否定できまい!
という訳で切るぞ」
『待ってください。
先生に用事があって電話したんです!』
コホンと、電話の先の助手は咳払いする。
『実はですね。
知り合いのVチューバ―から、先生を取材をしたいという話があるんです』
「断れ」
『最後まで聞いてください。
最近依頼が少なくて来てるでしょ。
だからここで宣伝して、知名度を上げて依頼を増やしましょう』
助手の提案に言葉が詰まる。
面倒そうだったので何が何でも断ろうと思っていたが、依頼が減少傾向にあるのは事実。
俺は最近の収入の少なさと出費の多さのバランスを考えて、とりあえず話を聞くことにする
「……即答は出来ない。
話を聞いて判断する」
俺がそう言うと、電話の向こうで助手は嬉しそうに笑う気配がした
『私の知り合いのVチューバ―の名前は『ステラ』です。
彼女は遠い星に住む宇宙人なんです。
でも故郷の星が滅びそうになって、それを防ぐために地球に『星のかけら』を探しに――』
「待て待て待て。
そういうの良いから。
設定より詳しい依頼の内容をだな」
『設定ではありません。
事実です』
うぜえ。
そう思ったが、口に出さない。
助手はアレで頑固だから、絶対に話がこじれるに決まっている。
早めに話を終えるため、それっぽい建前を述べる。
「さっきも言ったが依頼の電話がかかってくるかもしれないんだ。
長電話は避けたい。
詳細はメールで送ってくれ」
『うう』
今度は助手が言葉に詰まる。
多分俺の言ったことは建前と気づいているだろう。
しかし反論も出来ないようで、助手は不承不承口を開く
『分かりました。
詳細はメールで送ります』
「おう、頼む。
じゃあ切るぞ」
レオは受話器を置いて、溜息をつく
確かに助かるが、休みの日まで仕事の話をしなくてもいいだろうに……
あいつも変なところで真面目だな
Ring Ring... Ring Ring...
と物思いにふけっていると、再び黒電話が鳴り始める。
依頼の電話だ
ほら見ろ。
やっぱり俺が正しい。
「はい、こちら五条探偵――」
『あ、先生。
言い忘れたことが』
またお前かよ。
「なんだ」
『先生、機嫌悪くありませんか?』
「別に。
それより用事はなんだ?」
『そうでした。
これだけは口頭で伝えないといけないと思って』
口頭じゃないといけないこと?
仕事内容はメールで十分だとおもうが、なにがあるんだ?
俺は疑問に思いつつ、助手の言葉を待つ
『今回の案件の紹介をくださいね。
来月の給料に期待してます。
では』
と、俺の返事を待たず電話を切る
俺は痛くなる頭を押さえながら、受話器を下ろす。
まったく、ちゃっかりしている事だ。
だが助かるのは確かだ。
実際に知名度が挙がれば仕事は増える。
ああは言ったものの、取材を受けることには前向きなのだ。
仕事がたくさん来て、依頼料をたくさんもらってウハウハな未来。
どんとこい!
ただ不安があるとすれば、助手が明るい未来への鍵を握っているっていう事。
あいつの仕事ぶりは信頼しているが、Vチューバーが絡んだ助手は全く信用できない。
本当に不安だ。
「まあは、なるようになるか……」
俺は半ば悟りつつ、助手から送られるメールを開くため、苦手なパソコンと格闘を開始するのであった
1/12/2025, 2:58:43 PM