『星空の下で』
すっかり暗がりに目が慣れて、雲すらも寝静まった夜のこと。
南の窓から枕元へ、まるで月から舞降った砂のような、淡い一条の灰汁色の薄光が差し込んでいた。
布団に纏わせていたはずのベルガモットの香りは、もう肺腑に溶け去ったようで。
すでに枕にも体温が染み込み、もはや部屋には、己が他者と繋がっている証拠なんか、ひとつたりとも見えなかった。
布団からのそりと上半身を起こし、そっとその砂に腕を伸ばす。
なんてことない。少し、触れてみたいと思った。それだけだった。
触れぬ指先。
しんと、つやりと。
床板の冷たさだけが、骨を通り、脊椎へと返ってきた。
切なかった。
ぬくもりのひとつも得られぬその指先に、ひとりなのだと痛感した。
生まれてこの方色恋もなく、ほどほどに歩んできた我が旅路が、ふわりと思い浮かばれた。
愛されたい、と。
口から零れると聞いていたその言葉は、どうやら喉を通り過ぎ、目頭へと渡っていったようで。こんなになってしまっては、余計苦しくなるだろうと笑ってしまう。
お前のせいだとでも言うように、床に溢れた光の粒を辿り、その砂々の主を見遣る。
少し肌寒い夜の中、暗い碧色の空に浮かぶ、まばゆく、丸い月。
幾千年と変わらぬその月が、憎たらしく、疎ましいと同時に、そのあまりの美しさに、ふと救われるような心地にもなる。
ああ、この月はきっとこうやって、数多の想いを吸い取ってきたから、美しいんだな。
ため息をこぼしながら、ぽすりと布団に倒れる。
冷えた枕が、なぜだか心地よかった。
つめたい身体をあたためようと布団を被る。
ほんのり物足りぬその重みと共に、眠気が脳に纏わりつく。
屋根が、軋みを口遊んでいる。
もし、未だ知らぬ運命の相手が。今この瞬間も、この砂を浴び、同じ星空の下で呼吸をしているというのならば。
独り寂しいこの夜に、小さく凍える心臓に。
あの月が、その薄らあかるい月光を。
せめて数瓱でも、この重みの足しになるように。
そっと、かぶせてはくれないだろうか。
4/5/2026, 2:08:55 PM