未来図
───⋯いやだ、いやだ!私を置いて行かないで!
はっと目を覚ます。静まり返った部屋で自分の呼吸音だけが響いていた。…幼い頃の夢。もう何度も見ている。いまだ私は過去に囚われたままだというのか。
10年前。私が8歳のとき、両親が離婚した。元々仲の良い家族ではなかったので、父と別れることになってもとくに悲しみはなかったように思う。母は田舎の実家に戻り、数年前に祖父が他界し、1人で暮らしていた祖母とともに暮らすことにした。私と母と祖母。3人での暮らしは楽ではなかったが、優しい祖母との時間は居心地が良かった。「大人しい子」と言われてきた私は、単に甘え方も笑い方も知らなかっただけで、祖母と暮らすうちに徐々に年相応の反応を見せるようになったと母は言っていた。そんな私の様子に安心したのか、母は仕事で海外に行くことを決めた。その時は寂しさを感じたが、良い子でいたいと我儘をいうこともなく、母を見送った。家に戻ってから押し入れで泣いている私に祖母はずっと付き添ってくれた。そんな優しい祖母が心の底から大好きだった。しかし、幼かった私は、そんな祖母との別れが近づいているとは思いもしなかったのだ。そして…その日は突然やってきた。
朝、目を覚ますといつもは起きているはずの祖母がまだ寝ていた。私は祖母より早く起きれたことが嬉しくて、いつも祖母がしているように玄関の掃除をしようと張り切って外に出た。起きた時に、きっと祖母は褒めてくれると思ったのだ。慣れない掃き掃除は思ったよりも時間がかかったが、綺麗になった玄関を見て祖母に自慢したくなり、起こしに行くことにした。寝室に入ると祖母はまだ寝ている。私は褒められたい一心で祖母を揺さぶって起こそうとした。起きない。ほっぺたをぺちぺちと叩いてみる。…冷たかった。幼かった自分でもおかしいと分かるほどの冷たさ。怖くなって私は隣の家に飛び込んだ。事情を聞いた隣のおじさんは、電話をかけ、一緒に家に戻ってくれた。私はおじさんに、祖母は大丈夫かと聞いた。おじさんはとても悲しそうな顔で私に言い聞かせるように言った。
「おばあちゃんとはねぇ、お別れしなくちゃあいけない。でもね、ずっとずーっとおばあちゃんは君のそばにいてくれるからねぇ」
頭が理解するのを拒むような感覚におそわれた。その後、どうしていたか覚えていない。ただ、棺の中のおばあちゃんが運ばれていくときになってようやく別れを実感し、いやだ、置いていかないでと泣き叫んだ。心の支えが折れた時、人は本当に動けなくなるものだ。私は完全に立ち止まってしまった。1年後、祖母の残していた遺書が見つかり、私がそれを読むまでは。
祖母は自分がいつ亡くなってもいいように準備をしていた。そして、悲しみに暮れるだろう私に手紙を書いてくれていた。
都ちゃんへ
寂しい思いをさせてしまうね、ごめんなさい。
あなたと過ごした日々は本当に楽しかった。
毎日が輝いていた。都ちゃんもそうだったなら
嬉しい。
あなたがこれからも輝くような毎日を過ごして
くれることを祈っています。
立ち止まってもいい、泣いてもいいのよ。
ただ、いつかは進んで欲しい。
あなたの未来を、あなた自身の手で描きあげて
いって欲しい。
私は天国で待っているから、たくさんのお土産
話を持って100年後くらいに会いにきてちょうだいね。
祖母との過ごした時間は私の宝物だ。祖母が死んでしまってもそれは変わらない。すでに私の人生に刻まれたもの。そして、生きている限り私は未来を描いていかなければならない。私は溢れる涙を拭いながら、天国にいる祖母に向かって"わかったよ"と返事をした。
それから月日は流れ、私は18歳になった。
春からは大学に通う。辛いことも楽しいこともたくさんあった。あの夢は今でも見るが、最近は続きがあるのだ。私が置いていかないでと叫ぶと、ひょっこりと祖母が現れ、
「置いていかないよ、待ってるからもっと生きてからおいで」
と快活な笑みで言ってくる。立ち止まっては過去に戻る私を見て祖母が心配して会いに来てくれているのかもしれない。そんな祖母のためにも頑張らなきゃな。
見ててね、私の未来図はまだまだこれから広がっていくよ。私自身の手で描いていくからね。
4/14/2025, 2:45:03 PM