【無色の世界】
僕はガラスの向こうの世界を知らない。
このガラスに映るのは、自分と自分が暮らす、閉じ込められた世界だけなんだ。
そう気がついたのは、つい最近のことだった。
だから、いつもいつも。
分厚くて割れることの知らないガラスの世界の中から、『外』の世界を想像していた。
答え合わせのできない空想に自然とため息が出る。
あぁ。僕はどこから来て。
これからどうなるのだろう?
変化の失われた世界なのだから、このまま何も変わり続けることもなく、歳をとって終わるのかもしれない。
僕のおじいちゃんはそうだったと聞いた。
お婆ちゃんも。父と母もそうなのだから、僕も変化というものを知らないまま消えるのかもしれない。
唯一変化があるとしたら。
「生と死」くらいしかそばにない。
祖父の時代には「色」と言うものや「危険」と呼ばれるものがあり、生きることは命懸けで、毎日がギラギラと輝いていたそうだ。
その冒険譚は聞いていて幻のようだった。
「温度」が変わると「香り」が変わり、「空」が変わると「世界」まで変わったみたい。
真っ暗な中を星の光を頼りに突き進む冒険の話は、とても僕の心を踊らせた。
暖かい風とは、どんなものだろうか。
数多の巨体生物とは、なんだろうか。
今の僕らは、どうだろう。
名も知らず、何もわからないままだ。
色というものを知らないから、今、自分の前にある色の名前すら…僕は知らない。
寂しいな。
そうこうしていたら…急に世界が、どん、と揺れた。
その揺れはどんどん大きくなって、僕たちはみんなで集まって身を潜めた。
こんなもの、初めてのことだったからだ。
やがて大きな何かがやってきて、巨大な記号を空に書いていった。
『細菌観測用シャーレ 破棄予定』
あれは、なんだろう?
このとき、僕たちは自分たちがこの閉鎖的な世界から外に出る瞬間が来ることを、まだ知らずにいた。
4/19/2026, 6:58:44 AM